1998年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

受賞者
足立 にれか(お茶の水女子大学)
申請課題
自己呈示におけるキャリー・オーバー効果の生起プロセス:
コミットメント説の検討
研究目的

人は,時として社会的利益を得るために,操作した自己像を他者に示すことがある。そして,このような自己呈示をした後では,それがフリであると承知していても,呈示内容の方向に実際の自己概念を変化させてしまう傾向がある。これは,キャリーオーバー効果(以下,CO効果)と呼ばれ,近年,研究が盛んになっているものである。


この効果の生起プロセスを検討した研究は一般に,自己知覚理論や認知的不協和理論の観点から,個人内プロセスを重視してきた。これに対し,社会的・対人的側面から,その生起プロセスを説明するものとしてコミットメント説があり,注目されている(Schlenker et al., 1994)。


コミットメント説とは,人々は,他者に示す自己像をたびたび変えることは社会的評価を下げるので,それを避けなければならないという社会的規範を持っており,そのために,他者にいったん1つの自己像を示してしまうと,それにコミットせざるを得ないことになり,その自己像をその後も示し続け,自己概念までそれに一貫させたものにしようとする,というものである。


本研究の目的は,コミットメント説の妥当性を,質問紙調査と実験室実験を通して検討することである。質問紙調査では,コミットメント説の前提となっている社会的規範が一般的なものであるかどうかを確認する。実験室実験では,匿名性,自己概念の開示,呈示内容の感情価がCO効果の生起を調整するかどうかを検討する。
研究方法

■質問紙調査■

コミットメント説では,他者に示す自己像を変えると社会的評価を下げるので,それを避ける必要があるという社会的規範があることが前提されている。しかし,そのように仮定された規範を人が抱いているかどうかについて実証的な確認はされていない。そこで実際にこの規範が一般的かどうかを検討する。ここではそうした信念を質問項目によって直接的に尋ねるだけでなく,自己像が一貫した人物とそうでない人物を例示し,各人物の社会的好ましさを評価させる。また,この規範に影響する要因,例えば他者に示す自己像の種類,呈示場面の特徴,呈示者の特徴,非調査者の特徴などを特定し,この説の適用可能範囲についても明らかにする。
受賞者
鈴木 佳苗(お茶の水女子大学)
申請課題
認知的複雑性の発達的変化のメカニズム:コンピュータシミュレーションによる検討
研究目的

認知的複雑性は、環境(他者)を多次元的に知覚できる能力と定義され、これまでに数多くの研究が行われてきたが、年齢の増加につれて認知的複雑性が上昇するかに関して一貫した結果は得られていない。これに対し、坂元(1993)は、年齢の増加につれて認知的複雑性は一旦下降し、それから上昇するというU字形変化仮説を提唱し、既に、この仮説を支持する結果が報告されている(鈴木・坂元,1997)。


この現象は、表象過程(外界での社会的刺激を取り込み、貯蔵する過程)と判断過程(貯蔵された情報を検索・統合する過程)の各々の発達の合成から生じると考えられている。年齢の増加に伴い、表象過程では、a)表象情報の量が増加し、b)判断に使用される情報が評価的なものだけから、評価以外のものも含まれるようになり(脱評価化)、判断過程では、判断に使用できる情報量が増加していくと推測されている。表象情報量、判断使用の情報量が単調増加することは、認知的複雑性のU字形変化に斉合しないように思われるが、両過程を合成し、表象情報の脱評価化を考慮すると、最終的にはU字形変化が見られることになる。つまり、年少者、年中者では、表象情報は評価的なものが非常に多いが、年少者では、判断に使用できる情報量が少ないために、判断毎に異なる情報が使用され、一見複雑な反応になる。年中者では、判断に使用できる情報量が増えるため、評価的に一貫した判断を行うようになり、単純な反応になる。年長者では、評価情報以外の表象情報を多く使用できるために、複雑な反応になると考えられる。


これまでに、このような認知的複雑性の発達メカニズムを検討した研究はない。そこで、本研究では、発達に伴う表象過程の規則、判断過程の規則をプログラミングしてシミュレーションを行い、認知的複雑性のU字形変化が再現されるかを確認する。U字形変化が確認された場合は、さらに条件を操作し、どのくらい広い範囲の条件でU字形変化が生じるのか、その頑健性についても検討する。
研究方法

本研究では、発達に伴う認知的複雑性のU字形変化を確認するために、人物についての表象情報を持ち、その情報に基づいて印象評定を行う判断者の意思決定の過程をシミュレーションする。シミュレーションを行うにあたり、本研究でプログラミングする表象情報と判断情報の規則は、年齢差に伴う特徴を反映するため、様々な状態の判断者を比較することにより、認知的複雑性の発達的差を検討することができると考えられる。シミュレーションによりU字形変化が確認された場合には、各規則の条件を操作し、U字形変化が生じる条件の範囲についても検討する。具体的な手続きは、次のようなものである。


  1. 判断者の意思決定:複数の人物の表象情報を持っている判断者を設定し、持っている情報に基づいて複数の形容詞対(Repテスト)で各人物の印象評定をさせるという手続きを用いる。表象情報の量は、発達が進むにつれて増加するため、表象情報を少ししか持っていない判断者は、年少者に対応し、非常に多く持っている判断者は、年長者に対応する。判断に利用できる情報の量も、発達が進むにつれて増加するため、判断の際に少ししか情報を利用できない判断者は、年少者に対応し、非常に多く利用できる判断者は、年長者に対応すると考えられる。表象情報、判断に利用する情報量は、それぞれ発達状態に応じた量をランダムに取り出すようにする。最終的に、両過程の状態を合成し、認知的複雑性を測定する。
  2. 判断者の特徴の設定:年齢の増加に伴う表象過程、判断過程の規則をプログラミングする。表象過程では、a)表象情報の量が増加し、b)判断に使用される情報が評価的なものだけから、評価以外のものも含まれるようになると推測されているため、本研究では、判断者の持つ表象情報量が単調増加し、評価情報以外の情報も単調増加していくように規則を設定する。また、判断過程では、判断に使用できる情報量が増加していくと推測されているため、判断に使用する情報が単調増加していくように規則を設定する。プログラミングを進めていく際には、表象過程では長期記憶の研究を参考に、判断過程では短期記憶の研究を参考に情報増加率を設定する(表象情報は、常に記憶されている人物情報を想定しているため、長期記憶に類似し、判断に使用する情報は、一時的に頭に浮かぶ情報を想定しているため、短期記憶に類似するものと考えられるためである)。
  3. シミュレーション:上記のようなプログラミングを走らせて、コンピュータシミュレーションを行う。
  4. 認知的複雑性の測定:複数の人物について、16の形容詞対に6件法で評定(Repテスト)をさせ(鈴木・坂元,1997)、形容詞対に関する相関行列の第1固有値(以下、これを認知的複雑性得点と呼ぶ)を認知的複雑性の指標として使用する(Vannoy, 1965)。この方法では、第1固有値が高いほど人物の捉え方は単純であり、認知的複雑性は低くなると言える。従って、年齢の増加につれて認知的複雑性得点が逆U字形を示せば、認知的複雑性のU字形変化仮説が支持されたことになる。
  5. U字形変化が生じる範囲の検討:U字形変化が見られた場合には、さらに条件を操作して、どのような範囲でU字形変化が生じるのかを検討する。表象過程では、表象情報全体の増加率と評価情報以外の情報の増加率を変化させ、判断過程では判断に使用できる情報率を変化させる。これによって、広い範囲の条件でU字形変化が見られるならば、U字形変化仮説の頑健性が示されることになるだろう。
受賞者
中田 栄(兵庫教育大学大学院・日本学術振興会)
申請課題
向社会的行動における自己統制の役割とその規定要因の検討
研究目的

これまで,子どもの社会性と自己の発達に関する研究のある一側面が取り上げられ,各専門領域において,それらの研究は,別々に扱われることが多かった。しかし,社会性の発達は自己の発達に伴うものであり,それらを包括的に捉え,統合的に捉える方向が目指されなければならない。そこで,本研究では,これまで別々の分野において専門的に区切られて研究されてきた社会性と自己の発達に関する研究を統合的に捉え直す方向を目指し,論を展開していきたいと考えた。また,自己統制の規定要因としての自己効力の育成に焦点をあて,具体的な指導方法についても検討する。


自己統制の規定要因には,社会的規範や個人的規範などのように,現実場面においては,多くの要因が相互に絡み合って影響していることを見落としてはならないだろう(Nakata, 1995a, 1996 ; Nakata & Shiomi, 1997, 1998)。また,自己統制の規定要因を検討する際には,行動的な側面のみではなく,その動機的側面や認知的側面,情動的側面などを含めて,総合的なモデルを設定することが必要である。そこで,本研究においては,自己統制の規定要因として,自己効力に加え,これまで見落とされがちであった対人認知の過程も考慮し,相互規定性を重視する立場から,向社会的行動における自己統制の役割とその規定要因について認討していくことを目的とした。さらに,測定方法を工夫し,新たな方法による実験の有効性について検討し,子どもの対人交渉場面での他者の意図の判断や,自己効力,課題認知との関係を捉え,自己統制の規定要因を検討するのに有効であるのかどうかについても明らかにする。


さらに,子どもに対して,新奇な2種類以上の情報が同時に提示された場合の一方の情報を探索した後,もう一方の情報を探索し,先に見た情報を修正したり,新たな情報を付け加えたりしながら複数の情報を統合していく経過及びそれらと自己統制との関係についても明らかにしていく。
研究方法

我々は,すでに,測定方法を工夫し,新たな方法による実験の有効性について検討し,子どもの対人交渉場面での他者の意図の判断や課題認知,自己統制,自己効力との関係を捉え,その成果を主にアメリカの学術論文に投稿してきた。さらに,被験者を増やし,対人認知過程における自己統制とその規定要因との関係についても検討していこうと考えた。また,以下の課題を用いて,反応の変化に対応した働きかけの変化を捉え,課題遂行時間,課題遂行中における情報処理過程と自己統制及び自己効力との関係についても検討していく。


  1. 被験者:小学生3学年から6学年200名(男子100名,女子100名)。
  2. 材料:(1)事前の調査票…自己統制尺度:40項目(検証尺度を含む),自己効力尺度(19項目),筆記用具。(2)羽根飛ばし課題:動物型エアポンプ(穴をあけた動物型のエアポンプに笛を差し込み,カラーテープで巻いたもの),羽根,スタンドコート2個,サーブ台1個,ストップウォッチ,記録用紙,教示用ビデオ。(3)事後の調査票(課題評価,原因帰属,他者の意図の判断)。(4)視点調整課題(社会的視点調整,認知的視点調整などについての実物を用いた実験)。(5)課題(ツチノコ課題,ウサギ課題,ハムスター課題)

    課題の仕組み:音響センサーを応用して,入ってくる音の強弱によって,モータの回り方が変化し,動作が変化するように作成したものである。連動用カムと,みぞ付きリンクを用い,モータの回転は,歯車によって,減速されるようにした。実測すると,動作のサイクルは1.5秒から2秒であるから,モータそのものは,5100rpmから6800rpmの速さで回る。音響センサーの音声リレーは,プリント基盤上のトランジスタ3個とコンデンサマイク2個などによって,構成されている。音響センサーのマイクの取りつけ位置は,布で覆い,外装をツチノコ型,ウサギ型,ハムスター型とした。連動用カムには,動きに細かい変化を与えるため,左右のカムを180度近い相違差で取り付けた。(6)分析用装置:10.4型液晶ディスプレイTV(縦2画面表示:LC-104TW1),3次元コーチングシステム(POMPA-2Y)。

  3. 分析の視点
    まず,羽根飛ばし課題において,課題評価と原因帰属,他者の意図の判断について取り上げ,自己統制・自己効力との関係について検討する。また,質的な側面を捉えるために,視点調整課題を用いて,他者の立場の理解について検討するとともに,子どもの反応に対応した動きをする独自の課題を用いて,2種類以上の情報が同時に提示される場合,一方の情報に注意を向けた後,もう一方の情報を見ることによって,先に見た情報を修正したり,新たな情報を付け加えながら,複数の情報を知識構造の中に統合していく経過について検討し,自己統制との関係を明らかにしていく。