1999年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

受賞者
大野 俊和(北海道大学大学院博士後期課程/日本学術振興会特別研究員)
申請課題
「いじめ」の素人理論とその社会的・制度的基盤の解明
研究目的
本研究の目的は、いじめの素人理論の内容、そしてそれを支える制度的・社会的基盤を明らかにすることである。いじめの素人理論とは、人々がいじめに対してもつ信念や態度だけでなく、人々にとって必ずしも自覚的・意図的ではない、認識の方法をも含む概念である。申請者はこれまで、札幌の教育相談室において、いじめ問題に直接向き合う中で、いじめの当事者や一般の人々がほぼ無自覚的に保持しているいじめの素人理論が、いじめの解決の過程で大きな役割を果たしている現実を観察してきた。このように、いじめの素人理論は多くの場合無自覚的に保持されているが、同様に人々は、この素人理論が、それを支える制度的・社会的基盤と相互規定的な形で存在することに関しても自覚的でない場合が多い。例えば「学校へ行くのが当たり前」とする社会的風潮の下では、被害者への対応として「学校に行かない/転校する」等の選択肢が考慮に対象となることはないだろう。同様に、この選択肢を取ること自体を制約する社会的・制度的構造(不登校、転校に伴なう高コスト)の存在にも目を向けるとはないだろう。近年、社会的構築主義の文脈から、いじめの言説批判という形で、いじめの素人理論の存在が指摘され始めている(北澤, 1997)。また心理学では、文化心理学における叙述的理解研究(Bruner, 1990)や素朴理論研究(波多野, 1997)、状況認知(Lave & Wenger, 1991)の分野で、人々が日常的に行う認識方法や認知の社会性についての議論がなされつつある。しかし、そこでは人々が暗黙に用いる認識やその諸前提についての単純な指摘や、認知活動の資源としての環境的外部の指摘に留まり(Huchins,1990)、日常的な認識方法と社会的・制度的基盤との間の相互規定的関係の性質こそが重要であるとする視点はまだ十分に確立していない。本研究では、この視点に基づき以下に記す方法を用いて検討を行う。
研究方法
いじめの素人理論と、それを支える社会的・制度的基盤との関係を検討するにあたって、まず考慮すべきは、いじめの素人理論が、通常、2つの意味で"見えない"ことである。まず、第1に、人々が用いている暗黙の約束事は通常、それが一般的であればあるほど、空気のように当人にとって意識されない場合が多い。故に意識的に分かっていることしか回答し得ない質問紙調査を用いて、この素人理論を描き出すことは困難である。第2に、その約束事が明示的な場合でも、その背後に埋め込まれている社会的・制度的制約については意識されていない場合が多い。よって、この2つの"見えなさ"から、人々の素人理論とその基盤を描き出すためには、できるだけ自然な状況での会話や観察から得られたデータを用いて相対化していくことが有効である。これまでに申請者は、生徒や教師といったいじめに関わる者たちへの参与観察や詳細な面接調査を通じて、いじめの素人理論の内容と特質を明らかにしてきた。本研究では、これまでの申請者の研究データを改めて検討、整理し、そこで明らかになったいじめの素人理論と、それを支える、社会的・制度的基盤との規定関係を検討する。具体的には、欧米と本邦との間で見られるいじめ問題の認識の仕方や取り組み方の相違を、文献レビューはもとより日米の生徒を対象とした面接調査や場面想定法を用いた実験を用いて明らかにし、そこで得られた知見を基に、素人理論とその社会的基盤との相互規定的関係について検討する。また、この関係を所与とした場合、その論理的帰結として何が生じ得るかを理論的に検討する。最後に、問題解決の実践を考慮した、現状での諸制約を踏まえた形での理論的な検討を加える。 従来までのいじめ研究の多くでは、いじめ問題を究極的には「心の問題」として捉えてきた。しかし、いじめ問題を考慮するにあたって必要なのは、いわゆる心理学的視点ではない。むしろ、いじめを心と社会の関係性の問題として捉え、かつ実践的介入の対象を心ではなく、それを支える社会関係・制度とする社会心理学的視点なのではないだろうか。本研究は、この社会心理学的視点に基づき、いじめ問題を検討するものである。
受賞者
佐野 真子(東京大学大学院人文社会系研究科)
申請課題
親密な関係におけるネガティブコミュニケーション:親しき仲にも礼儀はあるか?
研究目的
本研究は、親密な関係におけるコミュニケーションに焦点をあて、一般的なコミュニケーションとの相違点と心理的背景を明らかにする事を目的とする。特にネガティブな感情の表出など、一般に関係維持に良い影響を与えないと言われるネガティブコミュニケーションに注目する。本研究ではこうしたネガティブコミュニケーションが良好な関係を維持すべきである親密な関係において、むしろ多くみられるという一見逆説的な仮説を立てた。その背景には、親密な他者との関係は不確実性が非常に低いという主観的認知があると考える。つまり、関係が安定していると考えるほど、関係維持のための努力は不必要になるため、ネガティブコミュニケーションもコントロールされずそのまま表出されると推論した。従って、これまで多く観察されてきたような遠慮、謙遜(自己卑下)、(ネガティブな場合の)本音・建前の使い分けといった現象は、親密な関係においてのコミュニケーションでは、あまり見られないと予測する。また、この傾向には文化差を仮定しないが「親密な関係」をどの程度不確実性が低いと捉えるかどうかという主観的認知においては、文化差があると思われる。つまり、社会的流動性が高いほど、そこでの対人関係の不確実性は増し、従ってネガティブコミュニケーションはコントロールされる、と考えられるのである。この予測は、これまでの集団主義・個人主義文化でのコミュニケーションスタイルの比較文化研究での議論とは逆の仮説である。本研究ではこの新たな仮説を検証する事を目的とする。
研究方法

調査1

まず調査(日本)によって、関係の親密度とネガティブコミュニケーションを用いる傾向の間に関係があるかを確認する。関係の親密度の指標には、関係の主観的不確実性の知覚を含み、不確実性の認知が直接コミュニケーションに影響を与えているかどうかを調べる。あくまでも「主観」が影響を与えている事を確認したいので、調査はスノーボール調査を行い、対象者とその知り合い(配偶者など)の両方からの回答をペアデータとして分析する。


調査2(日米)

1で結果が得られたら、次に日米両国において質問紙による実験を行う。ここでは家族・友人・同僚・他人などいくつかの対象人物について考えてもらい、それぞれについてどのようなコミュニケーションを取るかを尋ねる。ただし、分析は対象人物のカテゴリー毎に行うのではなく、それぞれについての主観的不確実性の指標の高低に基づいて分析を行う。また、まず日米データをまとめて共に分析し、主観的不確実性がコミュニケーションに与える影響を確認。そこで影響が見られたら、続いて国別に分析し、その傾向の強弱、そして主観的不確実性そのものの平均値の比較を日米間で行う。


実験(日米)

他者との関係の不確実性を操作し、ネガティブな感情を喚起させた上で、その後のコミュニケーションを観察する事を考えている(日米データのコーディングは、申請者は過去にも行った経験あり)。・アメリカでのデータは現地での研究協力者に収集を依頼する予定であり、研究費は主にその郵送料に研究費を充てたいと考えている。
研究協力者
山口  勧(東京大学教授)