2001年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

受賞者
針原 素子(東京大学院人文社会学系研究科)
申請課題
日本人の自己卑下傾向の生成過程について:なぜ日本人は自己卑下するようになったのか?
研究目的

 近年、文化心理学・比較文化心理学の分野では、日本人は欧米人に比べて自己のネガティブな側面に注目する自己卑下的な傾向を持っている、という実証データをもとに、日本人の自己観が欧米人に比べて低いとの議論がなされている(e.g., Heine, Lehman, Markus & Kitayama, 1999)。その一方で、その結論に疑問を感じ、日本人も肯定的な自己観を持っており、データに現れる低い自己観は、自己卑下をすべきという規範によるものだ、との主張もなされている(e.g., 山口・村上,2001; Harihara & Yamaguchi, 2000)。


 しかし、日本人の「自己卑下」が自己に内在化されたものであれ、規範に合わせた自己呈示であれ、なぜそのような心理的傾向・行動が現れるかについては、今まであまり議論されてこなかった。「日本人の自己概念が相互依存的だからだ」、あるいは「自己卑下規範が存在するからだ」というのはあくまで物事の"記述"であり、なぜ自己卑下がなされるかの真の"説明"にはならないだろう。


 本研究では、なぜ欧米では自己高揚、日本では自己卑下が行なわれているのか、という問に対し、「それが適応的だからだ」との立場から、そのそれぞれが適応的となる社会状況・社会構造を探求し、文化を超えて共通のモデルを作り、さらにそのモデルの妥当性を実験・調査により実証することを目的とする。
研究方法

 従来、自己高揚・あるいは自己卑下という心理的特性、あるいは規範の生成過程が議論されてこなかった原因の一つに、それが実証不可能だから、ということが挙げられるだろう。「歴史と自己は相互に構成し合う」、「欧米は狩猟社会、日本は農耕社会だったから」などと議論しても、過去のことは実証不可能である。しかし、だからと言って考えなくてよい問題であろうか。私は、自己高揚・自己卑下という心理的特性、ないし規範は、何十年という比較的短期間で変わりうるものであり、従って、妥当かどうかの検討が可能なモデルが作れるのではないかと考える。


1.モデルの構築

 針原・辻(2001)は、「関係の長期性」と、「相手の実力を推測する際にどれだけ相手の表出する自己高揚・自己卑下を信用するか」という2つの変数によって、自己高揚・自己卑下のどちらが適応的かが変わってくるのではないかと考え、効用関数を用いた数理モデルを作成した。ただし、このモデルはベースモデルであり、あまりに単純であるため、今後、さらに精緻化していく必要がある。モデルの作成は、基本的に欧米と日本の両文化の観察に基づく洞察、従来の知見に基づく理論的推論によるが、数理モデルを用いることによってより正確な議論をすることができる。進化ゲーム、シグナリングなどを応用し、いくつかの可能なモデルを作成し、最終的により矛盾の少ない、多くの現象を説明可能なモデルを構築する。


2.モデルの妥当性の検証(1)

 まず、ゲームを用いた実験的手法により、モデルの妥当性を検討する。具体的には、モデルの中で、自己高揚・自己卑下のどちらが適応的となるかの規定要因である、と想定した変数を実験室実験において操作することにより、本当にその変数が規定因となり得るかを検討する。また、文化を超えたモデルの妥当性を検証するために、この実験は、日本とアメリカの双方で行なう。


3.モデルの妥当性の検証(2)

 実験室実験で、実際に想定した変数が、自己高揚・自己卑下という心理的傾向・行動を生成し得る、ということを示したら、次に実際の世の中で、そのような変数と心理的傾向・行動が予測した通りに相関しているかを調査する。1つには、日本とアメリカの文化間比較で、2つめに日本の都市部と農村部の比較を行なうことにより、モデルの妥当性を検討する。都市部と農村部を比較するのは、規定因と考える社会状況・社会構造がその双方で異なり、それに対応して同じ日本人でも自己卑下傾向に差が見られるだろう、と考えるためである。


 以上の手続きによって、なぜ日本人が自己卑下を行なっているのか、という問に一つの答えの可能性を示し、今後、日本の社会状況・社会構造の変容に伴って、日本人の心理的傾向・行動がどのように変わっていくかの予測を立てることができるだろう。
受賞者
小川 一美 (名古屋大学院教育発達科学研究科博士後期課程3年)
申請課題
会話者の関係性が相互作用パターンに及ぼす影響:役割と平等性の視点から
研究目的
従来、二者間会話の諸側面に関する研究では、学生同士のような対等な二者による会話状況を扱ったものが多い(大坊, 1982;西田, 1992, 小川, 2000など)。ところが、会話者の役割の違いが会話に及ぼす影響についてはあまり検討がなされていない。会話者の役割には、先輩・後輩、教師と生徒、上司と部下などがある。Burgoon, Stern, Dillman(1995)はInterpersonal Adaptation Theoryに基づく二者の相互作用パターンを提唱した。この相互作用パターンには、相手のコミュニケーションに対して同じまたは類似した行動で反応する返報性や、互いの行動が異なっているが相補的である相補性など様々なものが存在する。しかし、会話者の親密性とこれらの相互作用パターンについては触れられているものの、会話者の役割と相互作用パターンの関係については明らかにされていない。つまり、役割の異なる二者による会話では、どのような相互作用パターンが現れるのかなどについては検討されていないのである。そこで、本研究では、役割の異なる二者の一例として、教師と生徒による会話に焦点を当て、対等な二者による会話と比較をすることで、役割の異なる二者による相互作用パターンの特徴を探索的に検討する。教師・生徒関係以外にも、様々な役割の異なる二者は存在するが、近年、教師教育や教師のスキル教育などという言葉を耳にするようになり、本研究で得られる知見が、生徒とどうコミュニケーションすべきかという、現場で教師が抱えている課題と密接に結びつくものであると考えられるため、最初にこの二者関係に着目することとした。また、教師と生徒による会話といっても、学習指導や生徒指導のような場面と単なるおしゃべりのような場面など、会話の目的によって変化することが考えられる。そこで、目標指向性の高い会話場面と低い会話場面を設定し、会話目的による相互作用パターンへの影響も合わせて検討する。
研究方法

<実験デザイン>実際の教師と生徒の会話データを入手することは困難であるため、まずは、大学院生や大学生が中学生に個別学習指導を行う際の二者の会話を録音する。これは実際の教師と生徒という関係ではないが、上下関係のある二者関係である。しかも、指導は中学校の校内で行われるため、比較的、実際の教師と生徒による会話と近い状況を作り出している。また、学習を始める前の雑談時間の会話と学習中の会話を分析することにより、目標指向性の高低という会話目的の違いによる相互作用パターンの特徴の相違点も検討する。比較群として、平等な関係である大学生同士の会話を分析する。こちらも、単なるおしゃべりのような目標指向の低い会話場面と課題に取り組むという目標指向の高い会話場面を設定する。したがって、教師・生徒×目標指向性高、教師・生徒×目標指向性低、大学生×目標指向性高、大学生×目標指向性低の4条件のペアが存在することになる。


<分析>StilesらによるVerbal Response Modesを参考に、小川・山中(1997)が日本語に対応するよう修正した発話カテゴリー(「開示」「情報」「質問」「応答」「確認」「指示」「評価」「反射」)を用いて各ペアの発話を分類する。先行研究より、初対面の大学生同士の目標指向的でない会話では「確認」「指示」「評価」「反射」に分類される発話はほとんど現れないことが明らかとなっている。このことからも、出現する発話に、会話者の関係性および会話目的によって違いが生じることが予想される。そして、各カテゴリーに属する二者の発話量の特徴を分析することで、各条件によってどのような相互作用パターンが生じるのかを探索的に検討する。また、会話後に相手に対する印象、信頼感、満足度などを測定することにより、相互作用パターンの特徴とこれらの認知的側面との関係についても分析し、各条件ペアでいかなる会話が望ましいのかを明らかにしていく。


 Burgoonら(1995)の相互作用パターンの定義より、教師・生徒といった役割が存在する二者間の会話では、目標指向性の高低に関わらず相補性という相互作用パターンが生じることが予測され、一方、大学生同士である平等な二者間では、目標指向性が低い会話で返報性という相互作用パターンが生じることが予測される。そして、これらの相互作用パターンが顕著に現れるほど、会話後の両者の印象が好ましいものになったり、高い満足感が得られると考えられる。
受賞者
畑中 美穂(筑波大学院心理学研究科)
申請課題
発言の抑制行動に至る意思決定過程
-コミュニケーション・スキルの程度による判断内容の差違の検討-
研究目的

 会話中に自分の考えや意見を抑制する行動は,レティセンス(reticence)やシャイネス(shyness)などのコミュニケーション回避に関する研究の中で議論されており,改善すべき不適切なコミュニケーション行動として捉えられている.また,アサーション(assertion)などのスキル研究の中でも,主張行動の適応性に対して,抑制行動の不適応性が議論されている.つまり,従来の研究では,発言の抑制行動のネガティブな側面に焦点があてられている一方で,主張行動の適応性が強調されている.しかし,申請者は,これまでの研究において,精神面に悪影響を与える不適応的な抑制ばかりでなく,精神的健康や会話満足感を促進する適応的な抑制が存在することを見出している.


 これらの研究知見をふまえると,望ましいコミュニケーションには,従来議論されてきたような不適応的な抑制を改善することだけでなく,適切な抑制行動を獲得することも必要と考えられる.不適応的な抑制の解消に加えて,適応的な抑制が獲得されることにより,より現実に即した適切なコミュニケーションが可能になると期待され,適切な抑制行動の獲得という方向性でのスキル・トレーニングも必要と考えられる.そのためには,従来検討されてきた不適応的な発言抑制に加え,身につけるべき適切な発言抑制をも検討し,両者を区別した上で,発言抑制行動の生起メカニズムや,不適応的な抑制の解消及び適切な抑制の獲得の方法を明らかにすることが必要と考えられる.


 このような必要性を鑑み,本研究は,発言の抑制行動に至る意思決定過程を検討し,精神的健康の悪化やコミュニケーションの阻害につながる不適切な発言抑制と,円滑なコミュニケーションに必要な獲得されるべき発言抑制との違いを明らかにすることを目的とする.
研究方法

 本研究では,スキルの程度別に発言の抑制行動に至る意思決定過程を検討し,コミュニケーション・スキルの高い者が行う適切な抑制行動とスキルの欠如から生じる不適応的な抑制行動とが,それぞれどのような状況でどのような判断過程を経て生じるのかを分析する.


 第一に,面接調査により,会話場面において発言の抑制が生じる状況と,その状況で生起する意識内容を収集する.これにより,どのような判断や考慮に基づいて,発言の抑制行動が行われているのかを検討する.また,スキルの程度別に,発言の抑制時に生じる意識内容や判断内容を比較する.【調査1】


 第二に,面接調査で得られた知見を,質問紙調査によって確認する.この調査では,場面想定法を用いた設問を用意し,発言の抑制行動が生じやすい特定の状況を想定させ,各状況で想起される意識内容とともに,発言行動あるいは抑制行動のどちらを選択するかを尋ねる.想起される意識内容の反応パターンから,設定した場面ごとに行動決定時に生じる個人内の判断過程に関する推定を行い,スキルの程度によって特徴的に生じる判断過程が異なるかどうかを検討する.本研究では,意識内容の反応パターンを捉えるために,POSA(Partial Ordered Scalogram Analysis)の手法を用いる.POSAは本来,集団における個人の位置を尺度化する1手法であるが,尺度化された反応パターン群から,回答者集団の意思決定過程を推論することもできる手法である(飽戸,1976).本研究では,発言の抑制行動に至る判断過程に関する仮説モデルを構築するためにこの手法を用いる.もちろん,POSAは本来集団の個人を位置づける手法であり,個人内の過程に関する解釈は推論の域を超えるものではない.その意味で,この検証は探索的な試みであり,この調査をふまえて行う次の実証研究の指針を得るための準備的な意義を有している.【調査2】


 第三に,調査2によって構築した発言の抑制行動に至る判断過程の仮説モデルを,場面想定法による質問紙調査ではなく,より実際に近いコミュニケーション状況を用いた観察あるいは実験によって検証する.調査1,2において確認された,発言の抑制行動が生じやすいコミュニケーション状況を実験的に設定し,その状況で生じる行動の観察および記録を行い,また,特定の場面で意識したり,考慮したりした事象の報告を行わせ,行動と内省報告の内容をスキルの程度によって比較検討する.【実験的検討】