2002年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

受賞者
金児 恵(東京大学院人文社会学系研究科博士後期課程3年)
申請課題
コンパニオン・アニマルが日本人の社会的ネットワークに与える効果の検討―愛着のタイプの分析を通じて―
研究目的
近年、日本におけるコンパニオン・アニマル(犬・猫)の所有率はついに3割を超え、少子高齢社会・核家族化を背景に今後ますます増加することが予想されている。この変化の背景にあるのは、これまで人間が果たしてきたソーシャルサポート源としての役割を、コンパニオン・アニマル(以下、ペット)が代替できるのではないかという期待である。確かに、欧米の知見にもあるように、ペットは人に安心感を与えストレスを和らげる等の心理的な効果を持っている。だが、申請者のこれまでの一連の研究から明らかになったのは、欧米とは異なり、日本ではペットの所有が必ずしも飼い主の幸福感につながっておらず、周囲の人々との関係の発展・維持を阻害する可能性があるという事実である。本研究の目的は、なぜこのような事態が発生しているのかについての社会心理学的原因を探求し、その解決に役立つ情報を提供することである。この原因についての申請者の現在の仮説は、飼い主のペットへの愛着のあり方が、欧米のそれとは異なり、盲目的な愛着である可能性である。この「盲目的な愛着が幸福感を妨げる」という一見逆説的な仮説には2つのプロセスが考えられる。1つは、日本語の「甘やかす」という言葉が愛情と同時にしばしば潜在的な被支配を意味するように、盲目的な愛着がペットへの躾を甘いものにするため、その結果周囲の人々(特に非所有者)からの拒否が生み出されてしまうプロセスである。もう1つは、ペットへの盲目的な愛着が対人ネットワークへの関心の減少を引き起こす結果、結果的に対人的な交流・サポートが減少するプロセスである。本研究では、以上の仮説を設定し、日米でのペットへの愛着のタイプの違いと、そこから生み出される対人交流の質の違いを、質的・量的双方のアプローチに基づいた社会調査の手法を用いて検討することを目的とする。
研究方法

ペットと飼い主の関係の質およびペットが飼い主の健康と対人関係に与える影響について、以下のmixed model approachによる方法を用いて現象を明らかにする。


  1. 質的調査
    1. インタビュー:ペットを飼っている成人を対象に、インタビュー調査を行う。特に、具体的な行動から心理的な愛着まで、ペットとどのように接しているのか、そしてペットが社会的ネットワークの中でどのような存在として位置しているのかに焦点を当てる。
    2. 観察:ペットと飼い主の交流(家庭/散歩場面)を参与観察し、そこでどのような交流が交わされ、実際にそこからペットを介した新たなネットワークが発生し、広がっていくのか否かについて検討する。これにより、「ペットは家族の一員」と同じように報告する飼い主が持っている、様々に異なる愛着関係を詳細に捉え、また、欧米で使用されてきた「ペットへの愛着尺度」では抽出できない愛着の持ち方を明らかにしたい。
  2. 量的調査

    社会調査: 1の質的調査から得られたデータをもとに質問項目を作成し、質問紙法を用いて上記の仮説を検証する。主な質問項目は、(1)ペットに関する基礎的項目(ペット飼育の有無、飼育場所等)、(2)ペットとの関係(ペットとのコミュニケーション、ペットへの愛着、ペットを飼っている人のイメージ等)、(3)対人関係(家族・友人の数、親密性、ソーシャルサポート、社会活動、ペットを介した対人関係)、(4)精神的健康(幸福感、孤独感、自尊心)、(5)個人特性(依存性、社交性、共感性)などである。対象者は無作為抽出による幅広い一般の成人サンプルとする。それにより、ペット所有者と非所有者の社会的ネットワークの違いやペット飼い主に対する意識の違いを明らかにし、ペットやペットへの愛着のあり方が所有者の対人交流および心理的健康に与える影響を検討する。
受賞者
品田 瑞穂(北海道大学大学院文学研究科修士課程2年)
申請課題
秩序問題の解決としての社会的埋め込み
-感情と交換ドメインの連結に関する実験研究
研究目的

 本研究の目的は,高等霊長類,特に人間が,なぜ他の動物と異なり,1対1の限定的・固定的な関係を越え,集団において秩序を維持することが可能なのかを検討することである.集団規範の逸脱者に対する加罰行動に関しては,社会的ジレンマ研究として理論的・実験的研究が行われている(cf. 山岸, 1990).また,進化生物学,動物行動学の知見から,多くの社会的動物は2者関係で自己への攻撃などに反応するが,直接利害関係のない第3者に対する攻撃(社会秩序の侵害)に感情的に反応する動物は高等霊長類に限られることが示されている.本研究は,感情の適応的機能(亀田・村田,2000)という進化心理学的観点から,この2つのアプローチから得られた知見を統合し,人間社会における規範維持メカニズムを理論的・実証的に検討することにある.集団規範の維持と加罰行為に関する近年の理論的研究は,人間が交換関係に社会的に埋め込まれている,すなわち人間が複数の交換に同時に所属することに着目し,集団内の規範の逸脱者を,別な交換関係から排除することにより,規範が維持される可能性を示している(cf. 青木,2001).しかし,人々が複数の交換ドメインに従事する事実は,以下の2点により,異なる交換ドメインの行動の連動と等価とはならない.第1に,規範逸脱者を別な交換関係から排除することは,その交換関係から得られる利益を放棄するというコストを伴う.


 第2に,規範逸脱者の排除は集団成員の合意が必要となるが,この合意自体が既に,規範的・制度的制約を含んでいる.本研究は,動物行動学の知見から,こうした制約をあらかじめ課さない状況において,コスト問題を越えて異なる交換ドメインを連結させる近接因を,逸脱者に対する感情的反応であると考え,実証的検討を行う.また,あるドメインにおける協力行動が,別なドメインにおける交換相手としての信頼性を示すシグナルとなる可能性を検討する.
研究方法
本研究は,複数の交換ドメインの連結が,集団規範の維持にどのような影響を与えるかを探索的に検討するため,心理学実験による実証的研究を行う.実験においては,匿名性を保証するため小部屋に区切られたブースに設置された実験室を用い,ブース内に設置された,LANで接続された多数のコンピューターを通して,各実験参加者が決定を行う実験プログラムを構築する.実験参加者は,以下の2種類の質的に異なる交換関係において,協力・非協力の決定を行う.具体的には,公共財を維持する集団交換ドメイン(社会的ジレンマ)において,協力規範を遵守するかどうかを決定し,同時に,同じ集団メンバーと1対1の個別的な交換関係(囚人のジレンマ)を取り結び,この関係において協力するか非協力するかを決定する.この2つの関係はどちらも他者から搾取される恐れを含むという点では同じだが,相手の行動のコントロール可能性という点で異なる.また,本研究では,規範逸脱者の排除に対して合意が可能であるという制約を課さない状況下でも,別な交換ドメインにおいて規範逸脱者との相互協力関係を断つかどうかを検討するため,実験におけるすべての決定は,各参加者が同時かつ独立に行う.従属変数は,以下の3つである.まず,集団規範の逸脱者に対し,2者交換関係において,個別的な関係を悪化させるコストを支払って,相手に非協力するかどうか.次に,その際に,規範逸脱者に対して怒りの感情を抱くかどうか.そして,ある交換ドメインにおける協力行動が,別な交換ドメインにおける当該個人の信頼性を示すシグナルとなるかどうか,つまり,2者関係において,規範遵守者に対する協力率がより高くなるかどうかを検討する.
受賞者
五十嵐 祐(名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士前期課程2年)
申請課題
携帯メールの利用が社会的ネットワーク構造に与える影響 -携帯メールは対人関係を希薄化させるか?-
研究目的
近年のインターネットや携帯電話の急速な普及は,人々の日常生活に大きな変化をもたらしている.それに伴い,社会心理学の領域でも,コンピュータを介したコミュニケーション(Computer-Mediated Communication; CMC)に関する研究が盛んに行われ始めている.インターネットの普及が進んでいるアメリカでは,これまで,インターネットの利用が社会的ネットワークや心理的健康に及ぼす影響について,多くの研究が行われてきた(e.g., Kraut et al., 1998, 2002).これらの研究では,CMCの利用が人々の対人関係(社会的ネットワーク)を変容させ,孤独感や抑うつなどの心理的健康と関連することが報告されてきた.一方,わが国における従来の研究は,主にCMCにおける対人的相互作用のメカニズムを解明することに焦点が当てられており(e.g., 木村・都築, 1998),CMCの利用が現実の社会生活に与える影響を検討した研究は少ない.隣接分野である社会学の領域では,若者の携帯電話利用が「広く浅い」希薄な社会的ネットワークの形成を促進するのではなく,むしろ「選択的な」社会的ネットワークの形成を促すことが指摘されている(松田, 2000).同様のことは,携帯メールについてもあてはまるであろう.しかし,このような指摘は主に回答者の主観的な自己報告に基づくものであり,メディアコミュニケーションが人々の社会的ネットワークに与える影響については,実証的な検討がほとんど行われていないのが現状である.本研究では,特定の集団における社会的ネットワークの構造的な側面に注目する.社会的ネットワークの「構造」は,不特定の集団を想定した個人の主観的なネットワークを測定したego-centered dataではなく,ある特定の集団において,個人とそのコミュニケーションの相手の二者間で測定したdyadic dataに基づいて決定される(Scott, 2000).CMCの利用と現実の社会生活との関連を検討する際に,こうした社会的ネットワーク構造の変化というマクロな視点を導入することは,個人単位のマイクロな視点から得られた従来の知見を統合的に考察する際にも有益であると考えられる.申請者はこれまで,CMCの利用が個人の社会的ネットワークや心理的健康に及ぼす影響について検討し,CMCが個人の社会的ネットワークを変容させ,心理的健康にポジティブ・ネガティブ両方の影響を与えていることを明らかにしてきた(e.g., 五十嵐, 2002; 五十嵐・吉田, 2002).ただし,これらの研究では,社会的ネットワークの様態を,ネットワーク全体の人数や相手との平均的な接触頻度といった量的な指標によるego-centered dataのみで測定しており,人々の社会的ネットワーク構造がCMCの利用によってどのように変化したのかを検討したわけではない.以上の議論から,本研究では,社会的ネットワークの構造的側面に注目し,dyadic dataを用いて,CMCの利用とネットワーク構造や個人の心理的健康との関連を検討することを目的とする.具体的には,高校生と大学生を対象として,大学・高校のクラスを一つの集団(社会的ネットワーク)とみなし,質問紙調査によるソシオメトリック・テストを実施する.さらに,社会的ネットワーク分析によって,携帯メールによるコミュニケーションが,学校のクラスにおける社会的ネットワーク構造や個人の心理的健康にどのような影響を与えているのかを明らかにする.また,質問紙調査で得られた知見を補完するために,回答者に面接調査を実施して,質的な指標を収集する.CMCの中でも特に携帯メールを取り上げる理由は,(1)普及率が他のCMCのメディアに比べて高く,身近であることと,(2)欧米では携帯メールがあまり利用されておらず,先行研究がほとんどみられないことからである.もし携帯メールの利用が対人関係の希薄化を促進するのであれば,携帯メールの社会的ネットワークは,友人選択数が多く,関係の重要度の低いネットワークとなり,個人の心理的健康との関連も弱いことが予測される.一方,携帯メールが対人関係を選択的にするのであれば,携帯メールの社会的ネットワークは対面コミュニケーションのネットワークと同様の構造を持ち,個人の心理的健康にポジティブな影響を示すことが予測される.本研究では以下に示す方法で,これらの予測の検討を行う.
研究方法
本研究では,質問紙調査と面接調査によって,携帯メールの利用が社会的ネットワークや個人の心理的健康にどのような影響を与えているのかを明らかにする.まず,質問紙調査では,大学生・高校生を対象としてソシオメトリック・テストを実施する.ここでは,大学・高校のクラスを一つの集団(社会的ネットワーク)とみなし,(1)対面コミュニケーション,(2)携帯メールのそれぞれでやり取りのある友人をクラス内から選択してもらい,個人ごとに関係の重要度の評定を求める,また,個人の心理的健康の指標として,孤独感や抑うつなどを測定する.次に,社会的ネットワーク分析によってネットワークの各構造指標を算出し,(1)クラス内における対面コミュニケーションの社会的ネットワーク構造と,携帯メールの社会的ネットワーク構造にどのような差異がみられるのか,(2)個人の持つ携帯メールの社会的ネットワークの様態が,対面場面の社会的ネットワークの様態にどのような影響を与えているのかを検討する.また,これらのネットワーク構造が個人の心理的健康とどのように関連しているかを明らかにするために,QAP(Quadratic Assignment Procedure; Hubert & Schultz, 1976)の手法を用いて分析を行う.QAPは,社会的ネットワーク構造と個人属性(心理的健康)との関連を分析する際に有用な手法である.さらに,質問紙調査の回答者を対象として,面接調査を実施する.ここでは,社会的ネットワーク分析から得られた知見を基に,携帯メールで行うコミュニケーションの内容や,その目的など,コミュニケーションの質的な側面に関するデータを収集する.最終的に,これらの調査の結果を踏まえ,携帯メールの利用が対人関係に与える影響を多面的に考察する.
受賞者
小城 英子(関西大学大学院社会学研究科博士後期課程3年)
申請課題
明石歩道橋事故における新聞報道の分析
-責任帰属と世論形成の観点から見た災害報道-
研究目的
2001年7月21日、兵庫県明石市の大蔵海岸で開催された花火大会で、会場と最寄りのJR駅とを結ぶ歩道橋上で将棋倒し事故が発生し、死者11名、負傷者200名以上の大惨事となった。事故原因は、人の流れが滞留しやすい歩道橋の構造に加えて、花火大会の企画・警備を担当した明石市・明石署・民間警備会社による警備計画や当日の警備状況がずさんであったことにある。兵庫県警明石署に置かれた捜査本部は、立件に向けて捜査を進めている。しかし、明石署自身に事故の責任が指摘されており、内部では捜査本部と別組織とはいえ、身内に甘い警察の体質に不信も寄せられている。本研究では、マス・メディアによる事故の責任帰属を研究枠組みとして、この事故に関する新聞報道の内容分析を行う。マス・メディアの世論に対する影響力は大きく、事故の結論を左右する可能性がある。また、事故の経過を凝視すると同時にこの事例から教訓を導き、事故の再発防止を社会に訴える役割も担っている。ところが、一方ではニュースソースの大半を警察に依存したり、弱者擁護に偏りがちな側面も指摘されており、受け手に対して事故の理解を誤らせ、現実認識を希薄化させる危険性も同時に併せ持つ。この事例研究から得られた知見は事件・事故の報道に一般化され得るもので、災害報道の研究分野に、責任帰属の世論形成という新たな視点を提供することができると考えられる。
研究方法
地元の地方紙の神戸新聞と、全国紙の朝日新聞を対象として内容分析を行う。第1研究では、記事のニュースソースを分析する。一般に、マス・メディアの報道は警察などのオフィシャル・ソースからの情報が大半を占めているが、警察自身が事故の当事者である今回の事例においては、報道の客観性を保つために、事故の被害者や識者などのウエイトが大きいと推測される。また、事故の詳細が明らかになるにつれて、ニュースソースの分布も変化すると考えられるため、時系列分析も行う。第2研究では、記事の責任帰属に焦点を置き、事故の責任帰属先を明石市・明石署・警備会社・被害者・その他に分類して、その分布や時間的推移、および記事のニュースソースとの関連を分析する。それぞれ自らの責任を過小評価、他者の責任を過大評価する傾向が予測される。第1・2研究ともに、地方紙と全国紙の比較も分析に含める。地方紙は全国紙に比べて事故状況をつぶさに取材し、より多くのニュースソースや情報を確保していると考えられるが、一方では被害者を主軸とした構成になり、事故の全体像を把握しにくい報道となっている可能性もある。
受賞者
真島 理恵(北海道大学大学院文学研究科修士課程1年)
申請課題
利他行動の成立 -選別的利他行動の適応的基盤-
研究目的
 本研究の目的は、社会において他者に対する利他行動が成立するのはなぜか、という問いに対するひとつの回答を示すことにある。社会心理学における多くの研究では利他行動が成立する理由を、無償の利他的動機に求めてきた(e. g., Bar-Tal, Sharabany & Raviv, 1982)。しかしこの説明は、そもそもなぜ人間は利他的動機を持つのか、というより大きな問いに対しては答えを持たない。これに対し本研究は、利他行動が成立しうるのは、利他的に振舞うことが、まわりまわって自身に利益をもたらすという適応的な側面をもつからである、と考える立場に立ち、一見すると非合理的に見える利他行動の適応的基盤を明らかにすることを究極的な目的とする。利他行動の中でも、親族に対する援助行動や、特定の2者間における双方向的な利他行動の応酬は、血縁選択(Hamilton, 1964)や互恵的利他主義(Trivers, 1971)の観点から説明可能である。しかし、血縁関係にない赤の他人、しかも将来自分にお返しをしてくれる見込みがない相手に対して利他的に振舞うという行為がなぜ社会において成立しうるのかについては、近年研究の端緒が開かれたばかりである。この問いに関して近年、「選別的利他戦略」の存在が、社会における一方的な利他行動を適応的なものとする基盤であるとの議論が提唱されている(e. g., Nowak & Sigmund; Takahashi, 2000)。選別的利他戦略とは、過去に誰かに利他的に振舞った人に対し、選別的に利他行動をとる戦略である。人々が、利他的な人には利他的に振舞うという「選別的利他戦略」を身につけているならば、誰かに対して利他的に振舞う行動は、まわりからの評判を高め、自らが他の人から利他的に振舞われる可能性を高めることになる。しかし、先行研究に示される知見は、限られた特殊な状況を設定した上での数理解析・シミュレーションの結果によるものであり、いくつかの限定を外したより一般的な状況でも再現される結果であるかどうかには疑問の余地がある。本研究では、「選別的利他戦略」が、社会における利他行動の成立に果たす役割について、先行研究において欠けていた点を補う形で再検討を行い、その問題点を指摘するとともに理論的な精緻化を行う。また第二段階としては、理論モデルのデモンストレーションとして、実験を用いた実証研究を行う。
研究方法

研究方法1:シミュレーション  本研究ではまず、社会における、利他的な人に対しては利他的に振舞う、「選別的利他戦略」が、直接の見返りを期待できない状況における利他行動の成立に果たす役割を、シミュレーションを用いて理論的に検討する。直接の見返りを期待できない状況における利他行動を扱うため、giving gameを用いたシミュレーションを実施する。giving gameでは、エージェントはランダムに割り振られた相手に一方的に資源を提供するか否か(=利他的に振舞うか否か)を決定し、またそれとは独立にランダムに決められた他者から資源を提供されることによって利益を得る。

他者に対して資源を提供する利他的な戦略が、資源を一切提供しない非利他戦略よりも大きな利益を得ることができるとすれば、その社会においては直接の見返りがなくとも利他的に振舞うことが適応的な行動であるということができる。これまで数理解析やシミュレーションを用いたいくつかの研究では、資源を提供するか否か決定する際に、その相手の過去の行動履歴を参照し、過去に誰かに資源を提供した相手には資源を提供し、そうでない相手には提供しないという選別的利他戦略が、一切利他行動をとらない非利他的戦略よりも大きな利益を上げることが示されている(e. g., Nowak & Sigumnd, 1998; Leimar & Hammerstein, 2001)。特に近年では、具体的にどのような選別基準を用いて「利他的」な人を識別する戦略が、他者の利他行動にただ乗りする搾取者を駆逐し、人々が利他行動をとりあう状態を成立させるかに焦点を当てた研究が行われてきた(Leimar & Hammerstein, 2001; Panchanathan & Boyd; 2002)が、これらの研究においては、全面提供戦略や全面非提供戦略を含め、研究者側が想定した範囲の限られた戦略のみを投入した、限定された状況における結果に過ぎないという問題点がある。本研究ではこの問題を回避するため、論理的に想定可能なあらゆる戦略が存在しうる状況で進化可能な利他戦略を再検討する。このことにより、いかなる選別基準をもつ戦略が、利他的に振舞わない戦略に優越し進化しうるのかについて理論的検討を行う。


研究方法2:実験  研究の第二段階としては、シミュレーションで適応性が検討された選別的利他行動を実際にとることで、見返りが期待できない他者に対しての利他行動が成立することを、心理学実験によって実証的に検討する。具体的には、複数のプレイヤーが同時に参加してgiving gameを行う実験を実施し、他者の行動履歴を参照可能な場合に、参加者が過去に利他的に振舞った相手を選別して利他的に振舞うかどうか、そしてどのような選別基準が用いられるかを実証的に検討する。