2005年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

受賞者
伊藤 公一郎(名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程1年)
申請課題
動機の推論におけるポジティブ‐ネガティブ非対称性とその思考過程の分析
研究目的
 伊藤・池上(2005)は,人はネガティブな行動からは専らネガティブな動機を推論するが,ポジティブな行動からはポジティブな動機だけでなくネガティブな動機をも推論する傾向にあることを示した。本研究の目的は,伊藤・池上の研究を発展させ,さらに知見の一般化可能性と頑健性を検討することである。特に次の3点を検証する。(a)ポジティブな行動からのネガティブな動機の推論は推論過程の比較的早い段階で生じると予測されるが,それを理由生成課題によって検証する。(b)仮説的行動ではなく,日常場面で知覚した行動からの推論でも同様の傾向が見られ,知見の一般化に関する証拠が得られるかを検証する。(c)事象の理由説明を規定する個人差要因として独断性(dogmatism)が挙げられるが(Davies, 1998),伊藤・池上の研究で示された推論傾向は独断性の個人差を超えて安定して確認される頑健なものであるかを検証する。
研究方法

 伊藤・池上(2005)では,調査者が作成した仮説的行動を調査協力者に提示して行為者の動機の推論を求めたが,本研究では知見の一般化可能性を考慮し,調査協力者が実際に目にした行動を対象にして,その行為者が持っていたであろう動機を推論してもらう(研究目的(b)の検討)。具体的には,実際に調査協力者が知覚した“(調査協力者以外の)誰かが(調査協力者以外の)誰かに対して行ったポジティブな行動,あるいはネガティブな行動”を想起させその内容を記述させる。そして,行為者がなぜその行動を行ったのか,その動機,意図,理由を推論し記述させる。伊藤・池上は各行動につき動機を2つずつしか推論させなかったが,どちらの感情価の動機が推論過程のどの段階で出現するかをより明確にするために,心に浮かんだすべての動機を思い浮かんだ順に記述してもらう。他者の行動を額面通りに受け取る一般的傾向(対応バイアス)と伊藤・池上の知見を考慮すれば,ポジティブな行動からは最初はポジティブな動機を推論するが,すぐにネガティブな動機にも言及するようになると予測できる(研究目的(a)の検討)。伊藤・池上が示したように,ネガティブな行動からはネガティブな動機を推論しやすいと予測するが,仮にポジティブな動機に言及することがあっても,それは推論のより後の段階になるだろう。


 上記の手続きと並行して調査協力者の独断性の個人差を測定する。独断性の高い人は最初に下した判断を確証するような理由を生成しやすい(Davies, 1998)。従って,上記の研究計画で行動から動機を推測する場合には,独断性の高い人は最初に想起した行動の感情価と同じ感情価の動機ばかりを推論すると予測されるかもしれない。しかしながら,伊藤・池上の研究で確認された推論傾向が頑健であるならば,独断性の個人差にかかわらずその推論傾向が再現されるはずである。伊藤・池上は,この推論傾向は潜在的なリスクの検知とその回避につながり,結果として個人の適応を高めるのに寄与していると考察した。この考察に基づけば,この推論傾向は人にとってのより本質的な認知様式であり,それゆえに独断性が理由生成に大きく影響することが動機の推論以外の領域で示されているにもかかわらず,独断性が高い群でも低い群でも伊藤・池上の研究で見出された推論傾向が安定して示されると予測する(研究目的(c)の検討)。
受賞者
菅 さやか(神戸大学大学院文化学研究科博士課程1年)
申請課題
ステレオタイプの言語的特質が人物理解に与える影響
―日本語版言語カテゴリー・モデルの構築と共に―
研究目的

 本研究の目的は、ステレオタイプの言語的特質が人物理解に与える影響を明らかにすることである。ステレオタイプが対人認知に関する情報処理を容易にすることは、多くの研究によって明らかにされている。しかし、言語表現がその効果をさらに助長するという可能性については十分な検討が行われていない。


 ステレオタイプの言語的特質の指標として従来最もよく用いられてきたのが「言語カテゴリー・モデル」(Semin & Fiedler, 1998)であるが、これは主に欧米語圏で用いられてきたため、日本語に適用する際には問題が生じる。これは言語とステレオタイプに関する研究が日本で比較的少ないことの一因とも考えられる。申請者は既に、日本語の表現に合わせた新たな分類基準の構築を試みているが(菅・唐沢, 審査中)、本研究ではこれをさらに発展させて、質問紙調査等をもとにした、日本語に適した言語指標の精緻化を目指す。
研究方法

研究1.人物の傾性を表す言語表現を「具体(一次的行為) - 抽象(安定的な傾性)」の次元で4段階に分類する言語カテゴリー・モデルをさらに拡張して、日本語に特有な傾性表現である形容動詞、「しっかりしている」などの「-ている」表現、傾性を表す名詞(ex.真面目さ、社交性)、そして「真面目さがある」のような、「傾性を表す名詞+-がある」表現を多く収集する。収集したそれぞれの言葉に対して、それがどれほど人物の傾性を表すものかを問う質問項目を設ける。調査は大学生100名程度を対象に行なう。回答から得られたデータをもとに、判別分析などによってカテゴリー分類を行ない、日本語版言語カテゴリー・モデルを開発する。


研究2.特性形容詞のような抽象的な表現は、内的で安定的な傾性を表すことができ、人物理解において最も有用である。一方、「走る」「笑う」などといった具体的な表現は、その場限りの一時的な行為しか表すことができない。この議論から導出される以下の3つの仮説を検証するため実験研究を行なう。


  1. ステレオタイプに一致する情報が具体的に表現された場合よりも、抽象的に表現された場合の方が、情報の受け手はターゲット人物に対してよりステレオタイプ的な判断を行なうだろう。
  2. ステレオタイプに不一致な情報が具体的に表現された場合よりも、抽象的に表現された場合の方が、情報の受け手はターゲット人物に対してより反ステレオタイプ的な判断を行なうだろう。
  3. 具体的な記述を受け取った場合よりも抽象的な記述を受け取った場合の方が、ターゲット人物の将来の行動に関する予測や、ターゲット人物に対する理解は容易にできるだろう。

 大学生80名程度を対象に実験を実施する。ステレオタイプ一致性(一致・不一致)と、その記述に用いる言語表現(抽象的・具体的)を操作した刺激文を作成する。回答者にはその刺激文に基づいてターゲット人物に対するステレオタイプ的印象や、ターゲット人物への理解度についての判断を求める。


 申請者はこれまで、他者に情報を伝達するという目標のもとでは、ステレオタイプ一致情報は抽象的に、不一致情報はより具体的に記述されることを示している (菅・唐沢, 2005)。その結果と本研究の結果を合わせて、社会に蔓延するステレオタイプがなぜ変容しにくいものであるのかを解明し、最終的にはその問題の解決を目指す。
受賞者
太幡 直也(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
申請課題
動機的要因が懸念的被透視感によって生起する反応に与える影響
研究目的

 懸念的被透視感とは、日常場面で他者と相互作用しているとき、自分で直接的に伝えていないのに、その状況で意識している気づかれたくないことを相手に気づかれていると感じる感覚である(太幡, 2005)。


 人は懸念的被透視感を感じると、気づかれないようにするための反応をとると考えられる。しかし、この感覚は主観的な推測であるため、実際には気づいていない相手に対して不必要な反応をすることも想定できる。


 懸念的被透視感によって生起する反応について、太幡(2005)は認知的要因に着目して実証的な研究を行った。その結果、認知的負荷がかかると、懸念的被透視感を感じた際に、沈黙や間を持たす発言(「ええと」など)のような覚醒水準の高まりを反映した反応を多く表出してしまうことを示した。本研究では、反応に影響する他の要因として、動機的要因に着目し、生起する反応を実証的に検討することを目的とする。
研究方法

 太幡(未発表)では、気づかれたくないと強く感じる事柄に懸念的被透視感を感じると、関連する話題からの回避が生じやすくなり、その結果、観察者に不自然な印象を与えてしまうという結果が得られた。この知見を実証的に検討することが本研究の主な目的である。また併せて、太幡(2005)で検討された、覚醒水準の高まりを反映したノンバーバルな反応も測定する。


〈実験計画〉
気づかれたくない動機(高・低)×懸念的被透視感(操作前・操作後)の2要因混合計画で、前者が被験者間要因、後者が被験者内要因である。


〈手続き〉
  1. 面接のトレーニングというカバーストーリーの下に実験参加者を実験室に呼び、面接者の立場を経験してもらうと告げる。また、被面接者に課題を解かせながら相手の印象を判断することが本来の目的であるが、本来の目的は気づかれないようにする必要があると告げる。気づかれないようにする重要性の教示を変えることで、気づかれたくない動機を操作する。
  2. セッションは、面接者(実験参加者)が被面接者(実験協力者)に簡単な質問をした後に、課題を行わせ、結果をフィードバックする内容にする。セッションは実験協力者AとBの2人に行う。結果のフィードバックの際、実験協力者Bは面接者に対し、疑念を抱いた発言をする(例:「本当に課題の能力を調べているのですか」)。この操作は、関連した話題に触れることで懸念的被透視感を喚起させた、太幡(2005)に準拠する。
  3. 面接終了後、操作チェックを含んだ質問紙に回答を求め、デブリーフィングを行う。デブリーフィングは、カバーストーリーを用いた理由など、倫理的配慮に特に留意した内容にする。

〈分析プラン〉
面接者(実験参加者)が実験協力者Aにフィードバックをするときを懸念的被透視感の操作前、実験協力者Bにフィードバックをするときを懸念的被透視感の操作後とし、面接者の反応や反応が与える印象を比較する。


〈従属変数〉
  1. 話題からの回避の測定:フィードバックを行った時間
  2. ノンバーバルな反応の測定(太幡(2005)の指標に準拠):話し方・身体の動き・視線・表情
  3. 印象評定(仮説を知らない評定者数名による評定)
    • 話題からの回避:説明の多面性、説得性
    • バーバルな反応:説明の的確性、曖昧さ
    • 評価:落ち着きのない程度、面接者としての能力、隠し事をしている可能性
受賞者
中島 誠(名古屋大学大学院教育発達科学研究科心理発達科学専攻博士後期課程1年)
申請課題
一般交換における公正性 ―世界に対する衡平仮説からの検討―
研究目的

 従来の社会的交換研究は, 主に特定2者間での「限定交換」を検討してきたが, Austin & Walster(1975)の「世界に対する衡平性(以下EwW)」仮説は, 八つ当たりのような, 人が第三者を含んだ複数の関係(以下関係間)で帳尻を合わせる傾向を強調した。EwWの視点は互恵性が間接的かつ非相互的に働く「一般交換」(Ekeh, 1974)の形で, 他者への一方的な資源提供・搾取行動が連鎖する過程を解明する手がかりになると考えられる。より現実的には, 金銭的交換のみならず, 地域通貨などの援助ネットワーク構築や犯罪・迷惑行為による負債の擦り付け合い防止などの問題への有効なアプローチとなるだろう。


 さらに近年では, 都市化やITの発展から未知の他者と接触する機会が増加し, 限定交換を繰り返す機会は減少している。本研究は, 未だ研究の少ない関係間の分配行動とマクロな公正性認知との関連を解明することを目的とする。
研究方法

<研究1>
先行研究では, 関係間の問題は「過去に他者Aから不衡平な報酬を受けた個人が, 続く場面で他者Bにどう分配するか」というパラダイムで検討されてきた。そこでは「自分が損をしたら, 別の他者からでも搾取する」という行動のみが示されたが(Austin & Walster, 1975), 第三者からの搾取を不公正と感じる個人も存在するはずである。そこで, 筆者は関係間における報酬分配行動の個人差に着目した実験を行ない, 向社会的規範を内面化している程度としての援助規範意識(箱井・高木, 1998)が低く,かつ自己正当化を行いやすい程度としての正当世界信念(Dalbert, 1999)が高い個人が, 過去の損失を第三者から取り返しやすいことを確認した。一方, 実験では確認されなかったが, 過去の利得を第三者に提供する行動については, 内集団成員性の共有や(Yamagishi et al, 1999), 他者と自己の利害関係認知(Opotow, 1994)の関与が指摘されている。そのため, 今後は関係間状況において「誰と」相互作用をするかという成員性の認知に着目し, 実験において, 他者の所属集団に関する情報を操作することで, 第三者を介したEwW回復行動及び, その公正性認知がいかに影響を受けるかを検討してゆく。


<研究2>
日常生活における不公正体験は自己利益の追求(列への横入り)や, 約束不履行などが3-4割を占め, 金銭の関与する問題はわずかである(田中, 1997)。交換資源の質が交換行動に影響を与えることを踏まえれば(Foa, 1971), 金銭を扱ってきた先行研究の結果が, 直ちに一般化できないことは明白である。資源提供の連鎖についても, 災害ボランティアの動機に過去の好ましい被援助経験が見出される(高木・玉木, 1995)など, 現実にはこれが存在すると思われる。そこで本研究では, 「なにが」交換されるかに着目し, より日常的な被援助や不公正・迷惑の経験を, 利益や損失と捉え, 資源の向社会的及び反社会的性質の両側面から第三者に対する行動に与える影響を検討する。具体的にはAmato(1983)の援助場面分類などを参考に, 緊急性や援助コストの要因を加味した複数の場面・交換資源からなる仮想場面を記述した質問紙を用いて, EwW回復行動の違いを見るとともに, 金銭を用いた研究結果との比較を行なう。
受賞者
日置 孝一(神戸大学大学院文化学研究科2年)
申請課題
集団実体性が集団行為の責任と印象に及ぼす効果
―企業内に生起した犯罪の場合を中心に―
研究目的

 本研究は,集団の実体性が集団の印象,責任判断に及ぼす影響の解明を目的とする.近年,企業が起こした事件がメディアに取り上げられ,犯人が所属していた企業や企業の代表に対して賠償や謝罪を求めるという事例が見受けられる.これまでの研究からは犯人が所属していた集団に対して高い実体性(集団と犯人とのつながりの強さ)を知覚することによって,集団や集団の代表に対して高い責任が帰属されること,責任の知覚に先行して意図が知覚されていることの2点が示唆されている.しかし,実際に集団の実体性を操作し比較を行った研究は無く,実体性が集団の責任判断に及ぼす影響を直接に検証する必要がある.


 また実体性の効果は,単に集団に対する責任判断に限らず,集団の印象判断においても影響を持つ(Hioki&Karasawa,2005).そのため,ある集団内で事件が生起した際どのような印象を持たれるのかという問題は,検討すべき課題である.
研究方法

 本研究では,ある集団のメンバーが犯罪行為をおこした事態を想定し,1.集団の実体性,2.犯人に対して集団が与える私的制裁の2点を操作した質問紙実験を行う.具体的には,高い実体性を持つ集団,低い実体性を持つ集団が,犯罪者に対して私的制裁を加える条件と加えない条件との比較を行う.


 従属変数:

 本研究では,LickleらやO’Laughlin&Malle(2002)に基づき,実体性の知覚が意図の知覚を導き,意図が責任の知覚を導くという関係性を想定している.上記の概念間の関係性の確認のため,集団の責任判断に関して,Lickleらに指摘された“犯人の所属していた集団が事件の発生を止めなかった責任”と“所属集団が事件の発生を助長した責任”の2変数の測定を行う.さらに,責任を知覚する先行要因としての“意図”の測定のため,“事件の発生を止めなかったこと”と“事件の発生を助長したこと”をどの程度意図的に行っていたと知覚されているのかを測定する.また,企業イメージに関して,“犯人に対して加えた制裁が適当であったか否か”,“当該企業の製品を購入したいと思うか否か”の2変数の測定を行う.


 上述の変数に対して,“実体性の知覚→意図の知覚→責任の知覚→(制裁の量)→集団のイメージ” (()内は媒介変数),という責任・印象判断のモデルを想定し,SEMを用いた検討を行う.


 さらに上記のモデルは,犯罪の質によって変数間の関係性が変化するものと考えられる.すなわち,企業の業務として行われた犯罪(e.g.,証券マンが詐欺を行う)と企業の業務に無関係な犯罪(e.g.,証券マンがセクハラを行う)とでは,集団に対して知覚される責任や事件に対する対応が企業イメージに与える影響の大きさに違いが見られるだろう.そこで本研究では,以下のように研究1・2として犯罪の質を変化させ,犯罪の質による変数間の関係性の変化の検討を行う.


研究1:詐欺事件のシナリオ

実体性(高/低実体性集団)×制裁(あり/なし)の2要因参加者間計画

研究2:セクハラ事件のシナリオ

実体性(高/低実体性集団)×制裁(あり/なし)の2要因参加者間計画


 本研究を行うことで,企業事件の責任判断に対して「法律の素人」がどのようなバイアスを持っているのか,という事を明らかにでき,数年以内に実施される裁判員制度においても重要な示唆を示すことができるだろう.また,ある事件に対してどのような対応を行うことが企業にとってベストなのか,という示唆をも示すことが可能になる.