2008年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

受賞者
橋本剛明(東京大学人文社会系研究科)
申請課題
社会的苦境場面における被害者/第三者の赦し:
社会的目標に基づく認知・感情モデル
研究目的
 社会的苦境場面にある被害者が、加害者への赦しを経験する過程に関し、先行研究は、主として加害者と被害者の二者関係に焦点を当てその規定要因を検討してきた(Exline et al., 2003)。しかし現実の苦境場面では、直接の被害者に限らず、第三者も独自に赦し判断を行い、状況への介入や間接的影響を通して、その帰結を左右すると予想される。加害者への第三者の赦しの程度や傾向が、被害者とは異なるという示唆は得られているものの(Green et al., 2008)、そのメカニズムの追究は十分とはいえない。本研究では、被害者と第三者の赦し傾向の差異に着目し、その判断に関わる心的過程の違いを明らかにすることを目的とする。具体的には、苦境場面における両者の社会的目標の違いが、状況要因に対する感情的反応と認知的反応の違い、さらには加害者を赦す「程度」と、その「性質」の違いにつながると仮定し、モデルの妥当性を検討する。
研究方法

 本研究は、社会的苦境場面の被害者と第三者の赦し判断に関して、社会的目標(大渕・福島, 1997)、感情、認知、赦しといった変数により構成される、心理過程モデルを想定する。加えて、加害者が行う謝罪の誠実さの程度が、被害者・第三者の赦しに与える影響も検討する。具体的には、Worthington & Sherer(2004)が提案しているように、赦しに含まれる、積極的な和解の動機付けと、報復・回避動機の抑制という、2側面を区別した上で、次の仮説を立てる。


 苦境場面で生起する社会的目標のうち、関係性目標を第三者よりも強く持つと考えられる被害者においては、謝罪を受けることにより、感情的共感が生起し和解動機が高まるとともに、向加害者的に認知が変化することで、報復・回避動機が抑制される。対して、第三者では公正目標が優位となるため、為される謝罪の性質(誠実さ)に関する情報がより精緻に処理され、誠実な謝罪による加害者への好意的な認知が生じた場合にのみ、報復・回避動機が抑制されると考える。


 研究1:場面想定法により、上記仮説モデルを確認する。実験参加者には架空の社会的苦境場面を記述したシナリオを提示するが、その際に、被害者か、目撃者などの第三者かの当事者性の操作と、加害者が誠実な謝罪か不誠実な謝罪を行うかの操作を加える。そして、シナリオによって喚起される社会的目標、加害者への感情的共感、責任帰属、特性推論といった媒介変数を測定するとともに、加害者に対して感じる和解・報復・回避の動機付けの程度を従属変数として測り、赦しの指標とする。


 研究2:社会的苦境場面を実験的に設定することで、研究1の結果の妥当性を確認するとともに、被害者・第三者の判断と、それぞれが他方に対して持っている予測とを比較することで、赦し判断の乖離をより直接的に示すことを目指す。方法として、コンピューターを介した議論課題中に、加害者役の実験協力者が、被害者条件の実験参加者に向け、中傷的なメッセージを発信することで苦境場面をつくりだす。被害者とそれを観察する第三者条件の参加者には、研究1の各変数への回答に加えて、自分とは逆の条件の参加者が、加害者をどれほど赦すと思うかの予想を求める。得られた実際の判断と予測値とを総合的に比較することで、被害者と第三者という立場の違いが赦しにもたらす乖離の実態を、より掘り下げることができると考える。

受賞者
鳥山理恵(トロント大学教育学研究所)
申請課題
文化特有の心理様式の伝達過程―日本とカナダの絵本を用いた検討
研究目的
 本研究では、当該の文化に特有の思考様式が、いかにして次世代に伝達されていくのかを検討する。心の文化依存性については、近年、心理学の様々な領域において重要性を増しつつあり、文化差に関する研究は数多くなされてきている。しかしながら、多くの研究が、心理プロセスにおける文化差そのものの発見に重きを置いており、その原因は「文化的環境が異なるため」と説明されているものの、実際にどのような差異があるのかという点や、人がそこからいかなる影響を受け、当該の文化特有の心理プロセスを身につけていくのかという点に関しては、あまり検討がなされてこなかった。そこで本研究では、幼児の認知発達への影響が少なくないと考えられる絵本の内容を異なる文化間で比較し、その文化差について検討する。また、絵本の内容に関する母親の選好を調べることで、文化特有の思考様式が、選択的に次世代に伝達されているのかという点についても検証する。
研究方法

【研究1】それぞれの文化で人気のある絵本の主人公の性格特性を比較することで、幼児を取り巻く環境の文化差を検討する。具体的には、日本とカナダにおいて、現在最も売れている絵本50冊ずつの主人公の性格について、コーディングを行う。コーディングスキーマは、日本とカナダそれぞれの文化において、重要であると考えられているような価値観やキーワードを元に作成したもので、項目の例としては、北米において優勢な「相互独立的自己観」に基づく、「独自性」や「自主性」や「自信」、日本において優勢な「相互協調的自己観」に基づく、「謙遜」や「思いやり」や「協調性」などがある。それぞれの文化において優勢な自己観の差異が、それぞれの文化において人気のある絵本の主人公の性格特性にも反映されているものと予測される。


【研究2】研究1の結果を元に、日本とカナダ双方において、それぞれの文化で優勢な自己観を強く反映している絵本を3冊、あまり反映していない絵本を3冊選択する。この6冊の絵本それぞれについて、就学前の幼児を持つ、日本人とカナダ人の母親に、「どの程度子どもに読ませたいと思うか」について回答してもらう。また、子どもに読ませたいと思うような絵本の主人公の性格特性について自由に記述してもらい、その回答を比較検討する。当該の文化的自己観が強く反映されている絵本の方が、反映されていない絵本よりも、母親に支持されるものと予測される。また、母親が子どもに読ませたいと思うような絵本の主人公の性格特性は、それぞれの文化で優勢な自己観に対応したものとなると予想される。この一連の研究によって、当該の文化に特有の思考様式を持った親の選好によって、幼児はその文化に特有の思考様式に選択的に晒されることとなり、そのために、幼児がそのような思考様式を身につけていくようになるという仮説を検証する。本研究により、文化特有の心理プロセスが次世代に伝達されていく過程の一端を明らかにできるものと信じる。
受賞者
引地博之(東北大学文学研究科)
申請課題
居住地における協力行動の促進要因:居住地の歴史資産と愛着の効果
研究目的
 地域防犯活動等に対する住民の協力を促すためには,彼らの居住地への愛着や地域集団への同一化など,地域コミットメントを強化することが重要である(引地ら, 2007).引地ら(2007)は,住民の社会的アイデンティティに着目し,自地域の居住環境評価が高い住民ほど,居住地へのコミットメントが強いことを示した.しかし,居住地の歴史資産は,社会的評価が高い場合だけでなく,過去の住民への共感を促したり,居住地の歴史的経緯を伝えることで,住民のコミットメントを強めることが示唆されている(e.g., Mazumber & Mazumber, 2004).そのため,本研究では歴史資産による地域コミットメントと協力意図の形成過程を検討する.なお,地域コミットメントは居住地への愛着と集合的自尊心,地域集団同一化から構成されると考える.歴史資産は歴史的建築等の建造物だけでなく,説話などの無形の資産も含めることとする.
研究方法

 上記の目的を達成するために,歴史資産の残る地域と新興住宅地の住民を対象として(計1000名), 質問紙調査を行い,両地域のデータを比較する.仮説と質問項目を以下に示す.


 説話の読者は,物語に登場する過去の住民に共感することで,彼らに歴史的な結び付きを感じる ことが報告されている(Mazumber & Mazumber, 2004).この知見は,過去の住民への共感が自分の 所属集団を強く意識させ,地域集団同一性が顕在化することを示唆している.また,彼らへの歴史 的結び付きは地域集団の持続性を認知させ,集合的自尊心を高める(Sani et al, 2007).そのため,歴 史資産に纏わる人物に強く共感する人ほど,地域コミットメントが強いと予測した(仮説1).


 また,社会的評価の高い地域資産は,住民の地域への誇りを高める(金子, 2006).このことから, 歴史資産の社会的評価によって集合的自尊心が高まり,同時に集団同一性や愛着も強くなることが 窺える(Sani et al, 2007).従って,マスコミや周辺地域住民など,他地域の成員から歴史資産が肯定 的に評価されていることを知る住民ほど,地域コミットメントが強いと予測した(仮説2).


 次に,歴史資産は慣習や観光名所として住民に知られることが多い.従って,歴史資産は地域集 団の歴史的経緯や景観の見所など,居住地の情報を住民に伝える役割を持つと言える.Belk(1998)に よれば,人は特徴や用途を熟知した対象を自己に内在化する.このことから,居住地の成り立ちや 名所を熟知している住民ほど,地域集団を同一視していると推測される.また,地域の見所を知れ ば,集合的自尊心や愛着も強くなると考えられる.そのため,居住地の歴史的経緯や歴史的風景に 関する情報により多く接する住民ほど,地域コミットメントが強いと予測した(仮説3).


1 Lapinski et al(2007)が示すように,集団へのコミットメントが強い成員は集団価値の維持が動機付 けられるため,地域コミットメントの強 い住民ほど,防犯活動等への協力意図が 強いと考えられる(仮説4).

 以上より,本研究では,歴史資産に纏 わる人物への共感,歴史資産の社会的評 価,居住地の熟知感,地域コミットメン ト,協力意図を尋ねる。

受賞者
齋藤寿倫(北海道大学文学研究科)
申請課題
共感のプロセスとしての表情模倣現象の検討
研究目的

 アダム・スミスの道徳感情論でも議論されるように、私たちの持つ共感性は人が社会を形成する上で重要な基盤である。では人はどのようにして他者に共感するのだろうか。本研究では「他者の表情表出を観察した時に、反射的・無意識的に同じ表情を表出してしまう現象」である表情模倣現象に着目し、共感のプロセスを明らかにすることを目指す。


 表情模倣は原初的共感であるとされており(Preston & de Waal, 2002)、また近年、人は他者の感情を自分自身の身体上でシミュレートして理解するのであり、そのための他者表情のシミュレーションが表情模倣であるという理論が提出されている(Niedenthal, 2007)。しかしこれを実証的に示した研究は少ない。


 本研究ではこの理論から予測される仮説:
  1. 他者感情を理解しようとする場合にのみ表情模倣が生起する
  2. 表情模倣が生起した場合の方がより正確に他者感情を理解できる
を検証する。
研究方法

 本研究に先立ってSaito & Kameda(2008); 齋藤・村田・亀田(2008)は、他者の感情表情を観察したときに、相手の感情を理解するように教示した条件では表情模倣が生起するのに対して、何も教示しなかった条件では表情模倣が生起しないことを示した。しかしこの研究では、呈示した7種類の感情表情のうち一部の表情に対してしか表情模倣は生起せず、先行研究(Lundqvist & Dimberg, 1995; Hess & Blairy, 2001)で報告されているようなほぼ全ての基礎感情表情に対する表情模倣は観察されなかった。これは、表情変化の指標として用いた顔面皮膚筋電図(facial electromyogram; EMG)に瞬きなどによるノイズが多量に混入したことによる、検出精度の低下が一因だと考えられる。また、EMGでは表情模倣の生起を試行単位で判断できなかったため、表情模倣の生起と相手感情の理解の正確さの関係は検証できなかった。


 本研究では、上述の問題点を解決するために表情変化の指標としてFacial Action Coding System (FACS; Ekman & Friesen, 1978)を用いる。FACSはビデオ撮影した参加者の表情を評定者が評定するため、瞬きなどのノイズは混入しにくく、また表情模倣の生起を試行単位で判断できるため、表情模倣の有無と相手感情の理解の正確さの関係を検証することができる。


 具体的な実験計画は次の通りである。参加者は大学生60名。6種類の基礎感情;怒り・悲しみ・喜び・恐怖・驚き・嫌悪の表情をモーフィング動画(中立表情から感情表情へ徐々に変化する動画)で呈示する。その際の参加者の表情をビデオ撮影し、それをFACSで評定して表情変化の指標とする。各表情刺激呈示前に提示される質問の種類を操作し、感情質問条件・統制条件の2条件を設定する。感情質問条件では、「これから表示される人物はどんな気持ちですか?」という質問が呈示され、統制条件では「これから表示される人物の年齢はどれくらいですか?」などの相手感情の理解が必要ない質問が提示される。参加者は各刺激呈示後にパソコン画面上で回答する。


 以上の実験により、[研究目的]で述べた仮説:
  1. 感情質問条件でのみ表情模倣が生起する
  2. 感情質問条件において、表情模倣が生起した試行の方がより相手感情の理解の正確さが高い
を検証する。
受賞者
前村奈央佳(関西学院大学社会学研究科)
申請課題
親近性バイアスの影響に着目した共感力の再考:共感範囲測定の試み
研究目的
 本研究の目的は、一般的な他者への共感と、特定対象への共感の違いを明らかにし、「共感」に範囲の概念の導入を試みることである。共感とは、「他者の情動状態や情動反応を知覚し、その人の情動状態を共有すること」を指す(磯埼,1987)。共感性は従来、発達の過程で獲得された個人の特性であり、ある程度一貫性のあるものとして扱われてきた。一方で、共感には「親近性のバイアス」や「内集団バイアス」が存在すると言われる(Hoffman,2000)。これは、身近な他者と関係性の遠い他者に対してでは、共感する程度や質が異なることを意味する。本研究では、このようなバイアスの影響を受ける程度の個人差に着目し、共感できる対象の広さ(「共感範囲」とする)の測定を試みる。特に、異文化接触やマイノリティの受容、援助などの諸研究において、共感範囲こそが相手に対する態度や行動の決定因となると考えられるため、将来的にはフィールド研究への応用も視野に入れて検討する。
研究方法

2■調査方法: 質問紙調査。各世代について幅広く検討するため、企業3社に依頼し、社会人のデータを収集する。(一部実施中、承諾済)。


■調査時期: 2008年12月-2009年3月


■調査対象者: 20歳以上の男女500名程度。


■調査項目:「共感力スケール(EAS: Maemuraほか,2007)」及び「共感範囲スケール(仮)」に(1.全くあてはまらない - 5.非常にあてはまる)の5段階で回答を求める。なお、社会的望ましさの影響を制御するため、「日本語版:社会的望ましさ尺度(北村・鈴木,1986)」10項目も質問項目に加える。EASは項目反応理論に基づいて作成されたものであり、下位概念は「認知的共感(CEA: Cognitive Empathic Ability)」情動的共感(EEA: Emotional Empathic Ability)」、「共感動機(MEA: Motivational Empathic Ability)」である。ここでは、EASから調査対象者を分類するのに優れた「識別力」の高い項目を選び、「共感範囲スケール」を作成した。具体的には、「○○(対象)の表情を見ることで、どんな気持ちでいるかがわかる<認知>」「○○が困っているのを見るとすぐ手助けしたくなる<情動>」「○○とのつきあいでは、相手の気持ちを理解しようと心がけている<動機>」の3項目を用いる。また、前村ほか(2007)は、本研究の予備調査として、身近な他者から遠い他者への心理的距離を測定し、Figure1のような4つのクラスターに対象が分類されることを示した。したがって、共感する対象については、①もっとも親しく重要な他者(家族,恋人など)②同じ集団に所属する他者(職場の同僚,上司,後輩)③同じ地域社会に所属する他者(近所の人など)④別の国に住む他者(外国人)を設定する。