本研究でのOCは、純粋に愛他的な動機による行動とは区別する。阿形・釘原(2007)では、個人的評価は、利他行動を促進することが示唆されている。本研究でも、個人評価を獲得するという動機に基づく行動をOCと定義する。
具体的な研究方法は、次の通りである。まず研究1では、他者の働きを補う行動であるOCが、社会的に高い評価を受けることを場面想定法により明らかにする。続いて研究2では、行動実験により直接的に仮説を検証する。
研究1: 集団作業において他者にOCをおこなう人物を提示し、行為者への評価(社会的望ましさ、好意度)の評定をおこなう。評定は、(1)同一集団でその人物と作業する場合・(2)その集団の監督者として評価する場合 の2通りの立場からおこなってもらう。これは、OCが、同一集団内で作業する他者からの評価を高めるのか、監督者のような第三者からの評価を高めるのかを明らかにするためである。また、現実場面での信頼性を高めるため、大学生に加えて一般企業での調査もおこなう。
研究2: 研究2では、実験法により仮説の検証をおこなう。PCを介しての集団課題達成状況を設定する。集団全体で一つの課題に取り組むが、各自の課題量を予め均等に分配し、提示する。これは、単なる参加者の努力量の増加でなく、他者の補償を意図した行動を指標とするためである。併せて「各自の持ち分が終われば、他の人の課題量を減らすことができる」との教示をおこなう。また、PCディスプレイ上には、他者の課題量を補った者の人数(集団内でOCをおこなっている者の人数)と、集団全体としての課題の残量を提示する。従属変数は、(1)各自の持ち分が終わるまでに経過した時間(短時間で終えるほど、動機づけが高まったことを示す)・(2)参加者がおこなった、他者の持ち分の課題量(実質的なOCを示す)とする。得られた従属変数が、個人的評価の獲得によるものであることを確証するため、実験後に行動意図についての回答も求める。
以上のデータから、各集団の努力度分布(実際に測定された行動変数の分布)を確認し、仮説の検証をおこなう。
近年「犯罪からの子どもの安全」に対する懸念が社会全体に広がり(内閣府, 2006)、不審者対策が家庭や教育現場における重要課題と位置づけられて久しい。安全確保の名目で子どもの行動は制限され、公共空間からの撤退と私的空間への囲い込みを余儀なくされてきた(Valentine, 2004)。一方で、実際の犯罪は増加も凶悪化もしていないという指摘もあり(河合, 2004)、リスクに見合わない不安が子どもにとっての機会コスト増大に寄与している。
犯罪不安(fear of crime)の高まりは、人々の行動を規制し、精神的な負担として個人に悪影響を及ぼすことから(Hale, 1996)、欧米では犯罪そのものとは別個の問題として取り組みがなされている(浜井, 2004)。親の過剰な不審者不安が子どもにもたらす影響を定量的データをもとに示すことにより、社会に蔓延する犯罪不安の帰結を明らかにしたいと考えている。本研究では質問紙調査の手法を用いて、小学生とその保護者から得た回答をもとに、親の子に対する利他的不安(altruistic fear)が子どもに与える影響を探る。子どもや配偶者など身近な他者が被害にあうことに対する利他的な不安は、自分自身が被害にあう不安に比べて強く、護身のための銃器の所持を有意に予測するなど(Warr, 1992)、広範な社会的インプリケーションが指摘されている。しかし、親の抱える不安が子ども自身にどのような発達的・心理的影響を及ぼすかについての知見は得られておらず、次世代育成の観点からも重要なテーマである。
本研究においては特に、子どもの一般的他者への信頼感を主たる関心変数として扱う。信頼感の発達に関しては家族間伝達の可能性が指摘されているが(Kaz & Rotter, 1969)、本研究は親自身の一般的信頼に加え、親が発する「知らない人は怖い人」というメッセージ(Valentine, 2004)が子どもの信頼感獲得を阻害するとの仮説に基づく。子どもの信頼概念の発達は、道徳的理由付けを促すことが示されているだけでなく(Buzzeli, 1988)、社会的順応や適応機能、具体的思考、協調性と正の相関があることから(Garske, 1976)、この点に注目する意義は大きいと考える。
犯罪に対する不安感は都市部でより顕著であるため、首都圏の小学校より協力先を募る。子どもの年齢が低いほど親の不安が高いことが知られているが、調査への回答能力という観点から、児童票の調査対象は小学校高学年生とする。児童票は授業時間内に回答を求め、封をしたものを回収する。また、子どもが犯罪にあう不安は母親にその傾向が強いことから(島田, 2006)、保護者票への回答は母親に依頼をする。保護者票は依頼状とともに学校で児童に配布し、返信用封筒と合わせて母親へ手渡すよう教示する。
本研究では、本質主義的信念が、留学生に対する偏見やステレオタイプの根源にあるという視点に立ち、そのメカニズムを解明する。
Prentice & Miller (2006) によると、個人の属性を、所属集団全体に一般化する行為や、外集団と差別化しようとする試みから、社会的カテゴリに関する本質知覚を推測できるとされている。彼女らの実験パラダイムを基に、最小集団状況で作り出された分類が、「日本人」と「留学生」を分類する本質と関連しているかのように錯覚してしまう認知的メカニズムを検証する。本質主義的信念の影響を調べるため、参加者自身が留学生と特に区別すると予測される条件を設けて、他の条件と比較する。カテゴリ間の区別が顕著になる条件として、留学生と認知的特徴が違うと告げられることによる「日本人」カテゴリの顕在化が想定される。実験では、ステレオタイプ的判断の指標として、同時に参加する留学生の認知的特徴を、留学生カテゴリ全体に一般化する程度を測定する。また、本質主義的信念が自身の認知的特徴を留学生と差別化させる程度を測定する。更に、本質主義的信念を測定するために開発された既存の尺度を用いて、一般化や差別化行動との相関を分析する。これらを検証するための仮説は次のとおりである。
現実の戦争や民族紛争をみると,集団間紛争は過去の歴史を元にした報復によって維持・拡大してきたといえる。この観点から,本研究では,外集団成員による内集団成員への危害が生じたときに,本来は無関係な個人どうしで集団間報復が生起する,代理報復現象に着目した(図1)。
これまで申請者は,実験室の対戦ゲーム場面における罰金行動によって,代理報復現象にアプローチしてきた。本研究においてもこれを踏襲して,実験室実験によって,代理報復現象の検討を行う。
<実験の基本パラダイム>
3人×2チームの計6人で,PCのネットワークを介した,一対一対戦形式のゲームを行ってもらう。このゲームでは,勝者が敗者へと自由に罰金を与え,実験報酬を減らすことができる。このルールによって,攻撃の測定と実験操作を行う。対戦ゲームは3対戦が順に行われるが,前回の対戦結果として,自分のチームのメンバーが,他チームのメンバーから罰金300円を与えられたという情報を参加者に提示する。このとき,参加者が加害者本人ではない対戦相手の他チームメンバーに対して,いくら罰金を与えるか測定し,代理報復の指標とする。様々な条件操作によって,罰金額がどのように異なるか検討する。
<要因計画>
集団内協力期待(ありvs.なし)
<集団内協力期待の操作>
ゲーム開始前にPC上で,「このゲームにおいて,あなたは同じチームのメンバーどうし,お互いに助け合う必要があると思いますか?」という質問に答えてもらう。その後に,内集団成員の回答として,以下の情報を参加者にフィードバックする。
(1)協力期待あり条件では,同チームのメンバーが7件法で「7」と「6」を回答している。次に,上の実験パラダイムに従って,参加者は実際にゲームに参加してもらい,前回の対戦で,他チームのメンバーが,自分のチームのメンバーに罰金300円を与えたと分かる。その後で,参加者が対戦相手の他チームメンバーに対して,いくら罰金を与えるかを,協力期待条件(ありvs.なし)で比較する。最後に,事後質問として,報復動機づけや,罰金=協力だという認知,集団内協力志向,内集団同一視などを測定し,罰金額との関連を調べる。
<予測とインプリケーション>
協力期待があるときに,罰金額が大きくなっていれば,内集団成員が集団内協力を期待しているときに,より強い代理報復がなされたといえる。このことは,これまで焦点が十分に当てられてこなかった,内集団成員間の相互作用が集団間紛争を激化させていくダイナミズムを明らかにする一助となるだろう。
本研究の目的は、感情の社会関係に対する機能(感情の社会性)を社会的相互作用に着目することで検討し直すことである。
従来の感情研究では、感情が個人の認知や行動に影響することで、直接的に社会関係を形成するという視点で研究がなされてきた(e.g., Isen, 1987)。しかし、「感情の社会性」を議論するためには、個人の感情だけではなく、相手の感情も視野に入れた社会的相互作用過程に注目する必要があると考えられる。
そこで本研究では、「個人の感情価」と「両者の感情価の類似性」に着目し、二者間の会話実験を行う。ここでは、1)社会的相互作用における相手への評価と会話評価が、個人の感情価の主効果ではなく、二者の感情価の交互作用効果によって説明されることを確認し、2)その交互作用効果が具体的にどのような言語・非言語的相互作用よって生じるのかを実証的に検討する。それにより、「感情の社会性」の再考を目指す。
研究1:テストフィードバックによる感情誘導操作を参加者に個別に行った後で約6分の会話実験を行う。それにより、相手への評価と会話評価において個人の感情価×感情価の類似性の交互作用効果がみられるかを検討する。申請者はすでに男女大学生86名を対象に、個人の感情価 2(ポジティブ感情・ネガティブ感情)×感情価の類似性 2(類似・非類似)の参加者間2要因計画で研究1を実施しており、対人印象(林, 1974; 個人的親しみやすさ、社会的望ましさ)と会話満足度のいずれについても同様の、2要因の交互作用効果を確認している(未発表; Figure参照)。
研究2:研究1の交互作用効果が生じた原因を、感情価と会話展開や非言語行動との関連に着目することで明らかにする。
まず、ポジティブ感情者は拡散的に思考する傾向にある(Fredrickson, 1998)ため、ネガティブ感情者よりも会話展開が拡散的になり、言語指標における話題転換の質問や情報提示を多く行うことが考えられる。また、ポジティブ感情者は非言語行動(身振りなど)を活発に使用することが示唆されている(藤原・大坊, 印刷中)ため、ネガティブ感情者よりも会話の主導権を握りやすい可能性がある。このことから、ポジティブ感情者と会話したネガティブ感情者は相対的に会話の制御性を失うことになるため、相手への評価や会話満足度が低下すると考えられる。
各指標については、研究1実施時に撮影したビデオ映像を用いて仮説を知らない独立したコーダー3名がコーディングを行う。言語指標は文字化し、VRM(Stiles, 1992)に浦・桑原・西田(1986)の「話題の深化-転換」の下位分類を加えてカテゴリー化する。非言語指標は大坊(1998)や藤原・大坊(印刷中)を参考に、視線、笑顔、うなずき、身振り、発話量をコーディングする。
もし、本研究の予測が正しければ、二者の感情価の組み合わせと相手への評価や会話の評価との関連が、会話展開の拡散性や非言語行動の活発さという相互作用過程によって媒介されることが実証される。