2014年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧
選考経過と講評
- 受賞者
- 玉井颯一(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)博士後期課程1年
- 申請課題
- 社会的排斥の公正さを主張することの効果:“みんなのため”に追放することは承認されるのか?
- 研究目的
- 人間は、“多くの人々が利益を得る”判断を支持しやすい。しかしその判断が支持される背後には、不利益を被り、それが見過ごされてしまう人もいる。本研究は、他者に痛みをあたえる判断さえも、“多数者に利益をもたらす”と主張することで、あたかも正当な判断かのように人々から承認されることに注目し、この心理過程を検討する。
社員の解雇や学生の退学、議員の更迭のように、通常は、他者を排斥することに心理的痛みを経験する (Legate et al., 2013) はずの人間が、罰として特定の人物を集団から排斥することを制度的に広く認めている。なぜこうした制度や判断を人々が承認するのかについて、本研究では、“多くの人間に利益をもたらす”と主張すること(公正さの主張)による効果に注目する。より具体的には、特定の人物を排斥するという判断であっても“多くの人々のため”と主張する場合と“罪には罰”と主張する場合とで、人々から承認される程度に差が生じると予測し、この予測を検討する。
- 受賞者
- 中里直樹(広島大学大学院教育学研究科)博士課程後期1年
- 申請課題
- 日本人の幸福感停滞の原因に関する検討:協調性の共有信念による自由選択の感覚の低減が幸福感に及ぼす影響
- 研究目的
- 日本は経済的・社会的要因に恵まれているにも拘わらず,国民の幸福感が比較的低い (e.g., Diener & Suh, 1999)。このパラドックスの原因について,「日本では協調性が重要視されている」という共有信念が社会規範として働くことで (e.g., 橋本, 2011) ,自由選択の感覚を減少させ,幸福感の低下を導く,という仮説を設定し,社会人を対象にした大規模インターネット調査をおこなう。具体的には,(a)日本人の自由選択の感覚が諸外国に比べて低い,(b)収入や対人関係と同等以上に自由選択の感覚が日本人の幸福感の重要規定因である,(c)自由選択の感覚に協調性の共有信念が影響を与えている,という三点から検討する。すでに,World Values Surveyのデータを用いて,日本では自由選択の感覚が諸外国よりも低く,かつ自由選択の感覚が時代を問わず幸福感の最も重要な規定因の一つであること (Nakazato et al., submitted),大学生を対象に,協調性の共有信念と個人の自由選択の感覚に関係があること (中里ら, 2014) を確認した。本研究はこれらの結果をもとに,日本の社会人を対象に上述の仮説を検討する。
- 受賞者
- 白木優馬(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)博士前期課程2年
- 申請課題
- 感謝喚起による間接互恵性の連鎖
- 研究目的
- 利他行為の受け手は,感謝と負債感という異なる感情を経験する。これらの感情は共に,送り手への直接的な返報を促進する点で共通しているが,感謝はさらに,第三者への利他行為 (i.e., 間接互恵性) を促進する (e.g., DeSteno et al., 2010, Greenberg, 1980)。そのため,ある利他行為に対し,相対的に感謝が強く喚起されれば,間接互恵性が連鎖するが,負債感が強く喚起されれば,その連鎖は阻害される。
本研究では,利他行為に伴う価値が感謝を喚起し,コストが負債感を喚起する可能性 (白木・五十嵐, 2014) をもとに,制御焦点 (Higgins 1997) を操作し,同一の行為に対する感謝の喚起を促すことで,感謝によって間接互恵性が連鎖するかを検証する。研究1では,促進焦点(予防焦点)の活性化が,利他行為の価値(コスト)への認知を介して,感謝(負債感)を喚起するかを質問紙実験で明らかにする。研究2では,こうして喚起された感謝・負債感が直接互恵性・間接互恵性に及ぼす影響を実験室実験によって明らかにする。
- 受賞者
- 平島太郎(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)博士後期課程3年
- 申請課題
- ポジティビティ・ネガティビティの同時活性による行動の柔軟性 ―社会的文脈に着目した検討―
- 研究目的
- 人には、反射といった低次なレベルから、認知や動機づけといった比較的高次なレベルまで、ポジティブな刺激の処理とネガティブな刺激の処理を独立に行い、環境に適応する評価システムが備わっている (e.g., Cacioppo et al., 2012)。理論的には、ポジティビティとネガティビティの同時活性が、個人の行動の柔軟性を生み出すことが想定されている。しかし、両システムが同時活性した両価的な状態を基盤とした、個人のふるまいの適応性・柔軟性は、実証的に未検討な課題である。本研究では、両価的な状態の個人が、(1) 相互作用を行う他者を選択する状況において、異なる態度をもつ他者同士を橋渡ししたり、(2) 実際に他者との相互作用を行う集団意思決定状況において、集団内の情報共有を促進させ、集団意思決定のパフォーマンスを高めたりすることを、実験によって検証する。それにより、ポジティビティとネガティビティの処理機構が独立である、2次元的な評価システムの社会性を示す。
- 受賞者
- 河村悠太(京都大学大学院教育学研究科)修士課程1年
- 申請課題
- 「他者の目」が利他行動を減らすとき:評判への動機と規範情報に着目して
- 研究目的
- 他者存在の手がかり (例: 目の画像) を呈示されると,人はより利他的に振舞うようになる (Haley & Fessler, 2005) 。この現象は,経済ゲーム (Sparks & Barclay, 2013) ,フィールド実験 (Powell et al., 2012) 等,様々な場面で示されている。しかし近年の研究では,他者存在の手がかりによってむしろ利他行動が減る可能性が示唆されている (Nettle et al., 2013) 。Nettle et al. (2013) は,目の画像を呈示すると寄付をする人の数自体は増加したものの,全体としての寄付額は増えなかったうえ,高額の寄付をしていた人はむしろ減る傾向にあったことを示した。実社会への応用も試みられている中 (e.g. 東京都の防犯用ステッカー) ,他者存在の手がかりがいつ,どのような対象に対し,利他行動を減らす効果を持つのかを明らかにする必要がある。本研究では,規範情報と良い評判獲得・悪い評判回避の2つの評判への動機に着目し、他者存在の手がかりが有効に機能する状況を解明する。
- 受賞者
- 植村友里(淑徳大学大学院総合福祉研究科)博士後期課程2年
- 申請課題
- 利他行動の適応的基盤:関係深化シミュレーションを用いた検討
- 研究目的
- 人は、他者の利他性の高さを、その人がどれだけ利他的に振舞ったかという過去の行為から判断すると論じられてきた(e.g., Barclay, 2004)。しかし、判断材料は行為だけに限らない。例えば、我々は誰かに見られている状況で利他的だった者より、誰にも見られていないと思える状況で同様に振舞った者に好印象を抱く(植村他, 2014)。人がこうした状況を重視する評判システムを獲得したのは、他者の未来の行為予測の為と考えられる。もし、人間社会において他者の行為をモニターできる程度が一定なら、未来の行為は過去の行為から予測できる。だが、なかにはモニターできない状況もあれば、モニターせず相手に委ねる場合もある。見られていないと思える状況の行為を知ることは、こうしたモニターできない状況の正確な行為予測に繋がる。だからこそ、人は状況を重視する評判システムを獲得したと考えられる。本研究では、交換相手の行為をモニターできる程度が変動する環境をコンピュータ上に構築し、交換形態等を変化させるなかで、状況を重視する評判システムと状況に左右されない利他傾向が、どのような社会状況で共進化するか検討する。