2016年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

選考経過と講評

受賞者
岩谷舟真(東京大学大学院博士課程1年)
研究タイトル
多元的無知の維持メカニズム―逸脱者罰と関係流動性に着目して ―
要約
 本研究の目的は多元的無知状態の維持メカニズムを解明することである。具体的には、関係流動性と逸脱者に対する罰に着目した上で、多元的無知状態下において、人々が規範を支持していないにも関わらず、逸脱者が多数派とならないメカニズムの解明を目指す。
 本研究では、逸脱者への罰を「規範を支持していると他者にアピールするためのシグナル」と捉え、“流動性の低い場合、人々は逸脱者を低く評価する”と仮説を立てる。なぜなら、低流動性社会では、他者から排斥されることが社会的孤立につながると考えられ(Takemura, 2014)、規範を支持しているとアピールし自らの評判を維持する必要性が高流動性社会よりも高いと考えられるためである。さらに、本研究では、“評価が他者に公開されない場合、流動性に関わらず逸脱者への評価は下がらない”と仮説を立てる。なぜなら、評価が他者に公開されない場合、逸脱者を低く評価しても「規範を支持している」と他者にアピールすることにはならないためである。本研究は、実験的手法を用いて上記の仮説を検証する。
受賞者
白井理沙子(関西学院大学大学院 博士課程前期課程2年)
研究タイトル
個人の道徳基盤が道徳違反に対する初期の知覚処理プロセスを決定するか
要約
 従来の研究(e.g., Piajet, 1932/1965; Kohlberg, 1969)では道徳違反に関する判断は意識的な思考の存在が重要であるとされてきた。それに対しHaidt (2001) は、道徳的判断の主な源泉は思考ではなく自動的処理である情動であると主張し、異なる道徳違反に対して情動的な判断を行う複数の道徳基盤(ケア/危害、公正/欺瞞、忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落)が存在するとした。そして、その道徳基盤のそれぞれの感度によって、道徳違反によって引き起こす情動の個人差が説明できると考えた。もしそうであるならば、道徳基盤による道徳的判断のもととなる初期の知覚処理過程においても何らかの個人差が存在し、それが最終的に下される道徳的判断に影響している可能性がある。本研究は、道徳的判断過程の基盤となる知覚処理の個人ごとの特性を実験心理学的な手法によって検討することで、道徳的判断のメカニズムの解明を目指す。
受賞者
黒田起吏(東京大学大学院 修士課程1年)
研究タイトル
信頼を支える認知・神経基盤:Social Value Orientationが裏切り回避に与える影響の定量的検討
要約
 信頼は社会において不可欠だが、他者の行動を確実に予測することは不可能であり、常に不確実性を伴う。先行研究では、社会的に不確実な状況(他者を信頼するか否かを選ぶ状況)で、統計的に不確実な状況(例:ギャンブル)よりも人々がリスク回避的になることが知られており、このような傾向は「裏切り回避」と呼ばれている。
 さて、信頼を考える上で裏切り回避は重要な知見であり、そのメカニズムを検討することは必須の課題である。本研究は、裏切り回避の情動的側面に焦点を当てた先行研究とは対照的に、自己投影を中心とした認知的側面に着目する。具体的には、自他間の資源分配に関する選好—Social Value Orientation—が自己投影(「自分が相手の立場ならどうするか」という認知過程)を通じて裏切り回避の大きさを調整するという仮説のもと、信頼ゲームとギャンブルゲームを用いた実験をおこなう。また、先行研究とは異なり、ゲームの報酬額をパラメトリックに操作することで裏切り回避を定量的に検討するとともに、fMRI等の認知神経科学的手法を用い、信頼の認知・神経基盤を検証する。
受賞者
戸谷彰宏(広島大学大学院 博士課程前期2年)
研究タイトル
死の脅威に対する対処行動の包括的理解に向けて:世代・文化的自己観・愛着スタイルからの説明
要約
 存在脅威管理理論(TMT)に関する研究では、人は「自分は死ぬ運命にある」という脅威を意識した時、文化的世界観、自尊心、親密な関係、および世代継承という様々な死の不安緩衝装置を求める反応をすることが示されている。TMTの理論的妥当性は多くの先行研究で支持されているものの、(1)アジア圏では死を意識させる操作(MS操作)による文化的世界観の防衛反応がほとんど確認されない、(2)死の脅威を緩和するための反応が複数挙げられているにもかかわらず、研究ごとで特定の防衛反応が生じるかどうかに着目しており、それらの相対的重要度が不明である、(3)発達段階による防衛反応の違いがほとんど考慮されていないという問題を抱えている。これらを解決するため、本研究では日本人を対象としてMS操作後に前述した4つの死の不安緩衝装置を選択できる実験を行い、発達段階(青年期・中年期・老年期)ごとに死の脅威に直面した際に表れやすい反応についての仮説モデルを検証する。この際、反応パターンの規定因として文化的自己観と愛着スタイルの違いを踏まえた検討を実施する。
受賞者
田崎優里(広島大学大学院 博士課程前期2年)
研究タイトル
“反社会的特性の社会性”の実証
要約
 近年,反社会的な特性としてDark Triad 特性(DT)が注目されている(Paulhus & Williams, 2002)。DT に関する先行研究では,主にDTの負の側面に焦点が当てられている。一方で,DT のひとつであるサイコパシー傾向に着目した場合,社会的に成功している人々の中に,服役囚と同程度のサイコパシー傾向を備えている人が一定数存在するという事例が報告されている(Mullins-Sweatt et al., 2010)。しかし,それがなぜ可能なのか,その問いへの答えは示されていない。この点に関して,先行研究の大部分が,高DTの人々の行動や特徴そのもの に着目しており,対人関係の構築という”社会的動物”としての人間の本質的な部分が十分に考慮されていなかったことが理由だと考えられる。本研究では,DT が高い人々の社会的成功の背景には,彼ら彼女らを必要とする他者を自ら見つけるだけではなく,DTが高い人々との関係構築を求める人々がいるからではないかという考えのもと,2つの実験を通して“反社会的特性の社会性”を明らかにすることを試みる
受賞者
土田修平(北海道大学大学院 博士後期課程2年)
研究タイトル
象徴罰の進化: 強化学習と進化ゲーム理論の統合ルールを用いた理論的・実証的検討
要約
 社会的ジレンマ状況では、非協力者に対して罰を与える機会が存在すると、長期間に渡って協力的な社会を達成できることはよく知られている。しかし、罰を与えることにはコストが伴うため、罰の進化は長年に渡る謎であった。一方で、罰の進化を説明した主張する連携罰モデル(Boyd, Gintis, & Bowles, 2010) が近年提案された。だが、土田・竹澤 (2016) は連携罰モデルの再分析を通して、罰と協力の進化を解明するためには象徴罰の進化を明らかにしなければならないことを指摘している。
 人が象徴罰に反応することは進化的な観点から大きな謎である。もし物質的な損害を被らないならば、素知らぬ顔で非協力を続けることが適応的なはずである(高橋・竹澤, 2014)。そこで本研究では、象徴罰の進化を説明するために、強化学習と進化ゲーム理論を統合した新たなモデル構築を行う。またモデルの検証のため実証研究も行い、より現実をうまく説明できるモデルを目指す。