2017年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧

選考経過と講評

受賞者
竹部成崇(一橋大学大学院社会学研究科博士課程3年)
研究タイトル
安定を望む心がもたらす社会の不安定-不況の知覚が集団内分裂・集団間紛争を導くメカニズム-
要約
 近年、イギリスのEU離脱やトランプ政権の政策など、反グローバリズム的な風潮が世界的に見られ、規模の大きい集団が、それを構成する下位集団へ分裂し始めている。こうした風潮は様々な摩擦を引き起こす可能性があり、実際に暴動が発生している地域もある。他方、なぜ集団内分裂が生じ、紛争へと発展するのかを検討した研究は少ない。本研究では、当該メカニズムを不況の知覚という観点から明らかにする。具体的には、以下のように考える。まず、集団内の資源が一定であるならば、集団成員が多いほど1人当たりの資源が少なくなるため、不況下では、内集団の範囲が広いと特に資源が欠乏するリスクが大きい。このリスクを低減するため、不況を知覚すると内集団の範囲を狭くする。しかしそれは同時に、少ない資源をめぐって争う脅威的な外集団(内集団の中に認識的に生成された他集団)が身近に存在することを意味する。そのため、当該集団から攻撃されるという脅威の知覚が促進される。そしてそれに対する防衛反応として先制攻撃が行われ、これが集団間紛争へと繋がる。この仮説モデルを、実験を通して検証する。
受賞者
谷辺哲史(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程1年)
研究タイトル
ロボットが人間から援助を引き出す影響過程
要約
 本研究の目的は、ロボットと人間の相互作用に焦点を当て、ロボットが「道具」という立場を超えた意味を獲得する過程を解明することである。特に、ロボットの性能の低さが人間の行動に与える影響に着目し、人間とロボットのスムーズな協働につながる基礎的な知見を得ることを目指す。
 人は、人工物や動物にも人のような心の働きを帰属し、援助や保護といった道徳的配慮を行うことがある(e.g., Gray, Gray, & Wegner, 2007)。ロボットの性能の低さは苦痛や困惑といった心的状態の帰属を促進し、人間の援助を動機づけることにつながるだろう。また、人工物に対して何をすれば援助になるのかは多くの場合明確でないが、性能の低さはロボットの現状と目標とのギャップを顕在化させ、人間が取るべき行動を知らせるシグナルとなる。本研究では上記の想定にもとづき、ロボットが性能の低さゆえに人間から援助を引き出し、人間との関係構築を通じて目標を達成していく過程を描き出す。
受賞者
松尾朗子(名古屋大学大学院環境学研究科博士課程3年)
研究タイトル
日常的な道徳判断における判断基準の日米比較
要約
 善悪判断の背後にある心理的過程に文化差が影響するとの理論や知見が蓄積されつつあるが,善悪判断状況に対する個々の人間の反応のみに焦点を当てる従来的研究手法では,その背後にあるとされる文化の影響が,真に人々の善悪判断に影響しているかは明らかにできない。すなわち,環境に対する人々の影響だけではなく,ある環境に住む人々によって育まれる善悪とは何かに関する集団的共有信念の影響を考慮に入れなくてはならない。なぜなら,そのような共有信念は,個人において内面化され,個人間で共有され,集団内で蓄積され,それが個々人に影響するという循環的機能,つまり相互作用を果たしているからである。そこで本研究では,従来の研究において注目されてきた,人間が自文化で起こる道徳的状況をどの観点からとらえるのかということに加え,それらの状況を特徴づけている集団的共有信念の人間に対する影響についても実証的に検討する。
受賞者
打田篤彦(京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程1年)
研究タイトル
地域共同体における公共空間の景観情報に基づく社会関係資本の推定
要約
 公共空間の景観にみられる傾向が地域共同体の社会関係資本(Social Capital; 以下、SC)の状態をどのように予測するのか検証する。SCは「社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」(パットナム, 2000)と定義されており、特に様々な公益に資する共同体の資源としての側面に着目した研究が行われている。一方で、物理的な生活環境とSCとの関係については未知な部分も多い。そこで、国勢調査の定める人口集中地区(DID)の地域共同体(小学校区)のSCについて社会調査を実施し、当該の公共空間(小学校周辺)の景観の査定をGoogle Street View(Google, 2017)を用いて行うことで、双方の量的な資料を統計的に比較検討する。同様の調査方法の有効性は、都市空間の治安や住みやすさに関する欧米諸国での研究で指摘されているが(e.g. Marco et al., 2017)、日本においては初の試みとなる。街の景観からSCの状態を推測する簡便な手がかりを実社会へ提供することで、学術界にとどまらない貢献を目指す。