2018年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧
選考経過と講評
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- 受賞者
- 伊藤篤希(京都大学博士課程1年)
- 研究タイトル
- 環境への適応戦略としてのヒエラルキーの実態の解明
- 要約
- 集団内のヒエラルキーは、成員間の上下関係を明示することで集団行動を効率的に実現し、人々の環境適応を促進する、社会・文化的に構成されたシステムである。それゆえ、ヒエラルキーそのものは通文化的に存在するが、そのあり方には文化差が存在する。例えば、英米におけるヒエラルキーは能力主義的であるのに対し、日本では年功序列的である(e.g.中根,1967)。しかし、なぜこうした文化差が形成されてきたのかについては、具体的な検証がなされていない。そこで、本研究では文化の起源の一つとして近年注目されている生業(e.g. Uskul et al.,2008)に焦点を当て、社会生態学的視点からヒエラルキーの適応的意義を明らかにすることを目指す。具体的には、生業集団で重要となる技能(e.g.漁村における漁のスキル)が形式知化できるか否か、ひいてはその集団内で誰もが等しくその技能を熟達できるか否かが、当該集団におけるヒエラルキーの基盤(i.e.能力主義的か年功序列的か)を規定していることを検討する。
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- 受賞者
- 鈴木啓太(東京大学博士課程1年)
- 研究タイトル
- 暗黙理論の文化差生成・維持メカニズムの検討:課題変更可能性に着目して
- 要約
- 本研究の目的は、先行研究で指摘されている暗黙理論(能力の可変性に関する信念)の文化差に関して、文化差の記述に留まらず、社会環境の差異への着目を通じてその文化差の生成・維持メカニズムを明らかにすることである。本研究では、文化における課題変更可能性という社会環境要因に着目する。課題変更可能性とは、文化における、ある課題から別の課題への変更(e.g.,文系⇔理系、転職)のしやすさのことを指す。先行研究では、個人の暗黙理論によって、アウトプットを最大化するためにどのように課題を選択するかの方略が異なることが分かっている。この知見を踏まえると、課題変更可能性はある文化において優勢な暗黙理論を規定する重要な要因であると考えられる。本研究では、課題変更可能性の高低を実験室内で再現し、それが個人の暗黙理論とどのように相互作用するかを検討する。
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- 受賞者
- ターン 有加里 ジェシカ(東京大学修士課程1年)
- 研究タイトル
- 「あなたがやるなら私はやらない」か「あなたがやるなら私もやる」か―ボランティアのジレンマにおける他者の協力意図と2種類の公正感受性―
- 要約
- 誰か1人だけがコストを負担すればその人を含めた集団全体が利益を得るが、誰も負担しないと集団全体が損失を被る状況をボランティアのジレンマという。この状況下で、利益の最大化を図る<合理的>個人を想定すれば、他者にコストの負担意図がある[ない]場合、自身はコストを負担しない[する]と予測できる。その一方で、 協力的な他者に対しては自らも協力的になるという<互恵的>個人を想定すれば、他者にコストの負担意図がある[ない]場合、利益を最大化できずとも、自身も同様にコストを負担する[しない]と予測できる。一見矛盾するこれらの予測を統合するため、本研究では公正に関する2種類の個人差に着目する。その個人差とは、自己が不当に不利な立場に置かれたときにネガティブ感情が喚起する程度と、他者が不当に不利な立場に置かれたときにネガティブ感情が喚起する程度である。前者は他者に負担意図がない場合、後者は他者に負担意図がある場合の人々の負担行動にそれぞれ影響を及ぼすということを、実験的手法を用いて検証する。
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- 受賞者
- 早川美歩(名古屋大学修士課程1年)
- 研究タイトル
- 他者の身体を纏えば心も染まるか:VR による身体所有感の喚起が利他行動に及ぼす影響
- 要約
- 本研究では、他者の身体を所有しているような錯覚(身体所有感)が、個人的苦痛と利他行動にどのような影響を与えるかを、Virtual Reality (VR)を用いて検討する。個人は、親密な他者や共通性を見出した他者に対して、自他の境界を曖昧に認知する自他統合の感覚を抱く。自他統合は、自己と他者の心理的反応の類似性を生み出し、援助行動を促進する(Lang, et al.,2017)。さらに、自他統合は身体所有感によって生じることが報告されている(Maister et al.,2015)。そこで本研究では、VRを用いて個人に仮想ターゲットへの身体所有感を喚起させ、ターゲットが身体的痛みを感じている写真を見てどの程度痛みを知覚するか(個人的苦痛)、またターゲットが不平等な分配の受け手となった場合、分配の決定者に対して第三者罰を与えるか(利他行動)を検討する。本研究では、VRを用いた共感性や利他行動のメカニズムの解明と、自己との類似度・関連性が低い他者への理解の促進を目指す。
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- 受賞者
- 本間祥吾(北海道大学修士課程1年)
- 研究タイトル
- 環境変動性に対する適応としての心と社会の共進化:進化ゲーム・シミュレーションを用いた理論的検討
- 要約
- 人類はその進化史において、資源獲得に伴うリスク(分布の分散)と変動性(分布の平均の変化)という2つの困難に直面してきた。これまで、人間が資源獲得に伴うリスクに対処するために進化し、共有分配などの社会制度を構築してきた可能性は議論されてきた(Kaplan & Hill,1985; Kaplan et al.,2018)。一方、更新世の環境における最も大きな特徴と考えられる変動性に対して、人間がいかにして対処してきたのかについては十分な議論はない(cf. Henrich & Boyd,1998; Wakano & Aoki,2007)。本研究は、変動性に対処するための適応的なメカニズムとして強化学習に着目する。強化学習における学習率パラメータは、その値の高低が変動性の高い環境に適応する上で重要な役割を果たしている可能性が実証的・理論的に示唆されている(Behrens et al.,2007; Wu et al.,2017)。本研究は、進化ゲーム・シミュレーションと強化学習という計算論モデルの統合を通して、環境の変動性に対して、学習率の可塑性という個人レベルの進化と、資源の共同分配という社会システムが共進化する可能性を検討する。
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- 受賞者
- 横山実紀(北海道大学修士課程2年)
- 研究タイトル
- 公共的な合意形成場面における無知のヴェール下での議論の有効性について
- 要約
- 公益のために必要だが、負担が偏るために合意形成が困難な忌避施設立地問題において、利害当事者が重視すべき論点を議論し、市民が多元的な公益的観点から評価するという多段階意思決定の必要性が説かれてきた(Renn, 2008)。これは手続き的公正を満たす決め方に他ならない(Hirose,2007)。しかし、多段階による決定をしても地域住民が決定後に反発した事例もある(Renn et al.,1993)。そこで、候補地が絞られる以前の、誰もが潜在的に当事者となり得る状態で事前に決め方に合意する必要があると考えた。この潜在的当事者は、「自分の利害関係について無知だが当事者となり得る状態」という無知のヴェール(Rawls,1971)に着想を得ている。無知のヴェールは、分配公正の問題が起点となっているが、手続き的公正にも拡張できる(Thibaut & Walker,1976)。無知のヴェール下ならば、話し合いの膠着を避け、社会全体の公益的な観点から議論でき、その決定を受容できるのかを、手続き的公正の観点から検討する。