2019年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧(応募順,所属等は応募時)

選考経過と講評

受賞者
中井彩香(首都大学東京大学院博士後期課程2年)
研究タイトル
保有資源の格差とその原因が協力行動に与える影響―保有資源が少ない人が抱く妬みに注目した検討―
要約
 自分の利益のためには他者と協力しない方が良いが社会の厚生のためには協力する方が良いという状況を社会的ジレンマ状況という。このような状況においても、人は協力を選ぶことが明らかにされている。人の協力行動を調べる実験課題では、通常すべての実験参加者に同額の保有財産が配布され、その財産のうち社会のために使った金額を測定する。では、保有財産に格差がある場合は、保有財産が同額の場合と同様に協力行動が形成・維持されるのだろうか。また、その格差の原因は協力行動に影響を与えるのだろうか。人は自分よりも有利な立場にいる他者に妬みを感じることで、その他者に不利益を与えたり自分の利益を追求したりすることで、格差をなくそうとすることが知られている。本研究では、保有資源が少ない人が妬みを感じること、保有資源が多い人が「保有資源が少ない人から妬まれている」と感じることに注目して、保有資源の格差とその原因が協力行動に与える影響を検討する。
受賞者
尾崎拓(同志社大学大学院博士後期課程5年)
研究タイトル
「みんな」とは何割か: 記述的規範の閾値・個人差・個人内過程
要約
 多数の他者が望ましい行動をとっているという情報にもとづく社会規範 (記述的規範) を用いた社会的介入の有効性は、すでに多くの領域で示されている。しかし、効果の有無という定性的な証拠の多さに比べて、どの程度の多くの他者による規範が、どの程度の強さの効果をもたらすのかという定量的な証拠は多いとはいえない。本研究では、望ましい行動をとっている他者の割合を、記述的規範として複数水準反復して提示することで、1) 記述的規範が効果を生じさせる閾値を特定すること、2) 項目反応理論を用いて記述的規範への感度の個人差を推定し、尺度として活用できるか検討すること、3) 統制群と記述的規範群の比較によって検討されてきた個人間の対応関係だけでなく、記述的規範が行動に及ぼす影響の個人内での対応関係を明らかにすることを目的とする。
受賞者
中田星矢(北海道大学大学院修士課程2年)
研究タイトル
教育による社会の発展をモデル化する:文化進化論からのアプローチ
要約
 教育は、現代社会の根幹を支えるシステムである。教育によって知識を獲得した子供は、成長してから、さらに次世代の子供を教育する。それが数世代に渡って繰り返されることで、より高度な科学や技術が生み出され、社会が発展していく(累積的文化進化)。文化進化研究においては、人間だけが、累積的文化進化を達成出来る要因として、教育 (teaching) が主要な候補の一つとして議論されている。しかし、このことを示した理論研究では、非常に単純化されたモデルが用いられており、教育が累積的文化進化を促進するメカニズムは十分に検討されていない。本研究では、教育や学習というマイクロプロセスを計算論モデルによって表現することで、教育が数世代に渡って社会に与える影響をモデル化する。このモデルを基に、理論・実証の双方から教育が社会の発展に及ぼす長期的な影響、そしてそのメカニズムを検討していくことで、どのような教育が人間社会の発展を促すのかを明らかにする。
受賞者
笠原伊織(名古屋大学大学院博士後期課程1年)
研究タイトル
政治的情報に対する 選択的接触の生起条件:文化的自己観の差異に基づく接触過程の文化差に着目して
要約
 本研究では、政治的分断を生じさせる要因の一つとして、情報への選択的接触を検討する。特に、選択的接触の背後に想定される認知的不協和の低減過程の文化差に着目し、日本人とオーストラリア人を対象とした文化間比較研究を通じて選択的接触の生起過程を明らかにすることを目的とする。選択的接触は、主に認知的不協和の低減という観点から議論されてきた一方、認知的不協和の低減自体が必ずしも通文化的な単一の心理的プロセスではなく、文化的自己観などに影響を受けるものであることが指摘されている (Kitayama et al., 2004)。本研究では、政治的分断が東アジア社会で生じる際の特徴的側面として、他者の政治的態度の推論が選択的接触の生起に及ぼす影響を検討する。相互独立的自己観が優勢な欧米社会と相互協調的自己観が優勢な東アジア社会では、認知的不協和の低減過程が異なっており、前者では、ある情報への接触を「自分がどう評価するか」に基づいて情報に接触するか否かが決定されるのに対して、後者では「それを見た他者がどう評価するか」に基づいて決定が行われるという仮説を立て、調査と実験を通じて検証する。
受賞者
内藤碧(東京大学大学院修士課程2年)
研究タイトル
我々は他者の選択から何を学ぶのか?―集合知を支える社会的学習メカニズムの計算論モデリングによる検討―
要約
 集合知は、他者との相互作用を通して、個人単独の場合よりも最適解に近い行動が頑健に選択されるようになる現象である。 近年、他者が過去にどの行動を選択したかという情報を得ること(Frequency-dependent social learning)による集合知の到達水準が、人々の間で口コミを共有する場合よりも高いことが明らかにされ、シンプルで強力な集合知の成立基盤として注目されている(Toyokawa et al., 2014)。しかし、Frequency-dependent social learningという社会的学習過程で個人が社会的情報から何を『学習』し、どのような形で『環境に関する知識』を更新するのかというマイクロ・プロセスについて体系的な実証研究は行われていない。我々は社会的情報から何を学ぶのだろうか?
 本研究では、Frequency-dependent social learningのなかで他者から得た情報が利用される個人内過程を、最新の計算論モデリングの手法を通して明らかにし、この自他の情報を統合するbuilt-inメカニズムの帰結としての集合知の創発条件についてパラメトリックなシミュレーションの観点から検討する。
受賞者
前田友吾(北海道大学大学院修士課程1年)
研究タイトル
ポジティブ状況羞恥の適応基盤 −生理指標を用いた比較社会生態学的検討−
要約
 羞恥とは、社会的規範からの逸脱や相互作用に混乱をきたした時に生じる社会的感情である。羞恥は、多くの場合は人前での失敗などのネガティブ状況下で発生するが、人前での成功や被称賛などのポジティブ状況下でも発生する。申請者による先行研究では、こうした「ポジティブ状況羞恥」の感じやすさには文化差があり、その文化差は関係流動性と成功者に対する社会的罰信念により説明されることが示された (前田・結城 2019)。これをふまえ、本研究の目的を、ポジティブ状況羞恥に社会生態学的要因―特に関係流動性―が与える影響のメカニズムをより詳細に検討することとする。本研究は先行研究を拡張し、(1)羞恥の表出の文化差を生理指標を用いて客観的に測定し、その差と関係流動性との関連を検討する。また、(2)羞恥の表出者に対する観察者の評価の文化差、およびその文化差と関係流動性の関連を検討する。
受賞者
池田利基(筑波大学大学院博士後期課程1年)
研究タイトル
柔らかさと社会的認知:皮膚感覚情報が愛着関連の自伝的記憶に与える影響
要約
 幼児・学童期では特に養育者に対して身体接触を求める行動が認められるが,これらの行動を通じて接触者が自らの安全性を感じられる拠り所は愛着対象と呼ばれる(Bowlby,1969,1973,1980)。成人を主たる対象とした研究では,柔らかいものに触れていると政治・経済的事象における不確実性への寛容さや,社会的相互作用の状況において他者から受容されることへの期待を増加することが示唆されている(VanHoren,et al., 2014; Ikeda & Takeda,2019)。これらの研究は,子ども時代に刻まれた愛着対象とのポジティブな経験が,柔らかさによって再現されていること示唆しているものの,成人期における柔らかさへの接触の効果に関する理論的検討は未だ乏しい。そこで,本研究では柔らかさへの接触によって愛着対象とのポジティブな記憶に関するセルフスキーマが駆動されるという仮説を立て,愛着対象への自伝的記憶に着目した実験的手法によってこれを検討する。柔らかさへの接触と愛着対象への自伝的記憶の関連性を解明することは,子どもたちがこれから大人になるまでの身体接触のあり方を再考する手立てとなるだろう。