2020年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧(応募順,所属等は応募時)

選考経過と講評

受賞者
清水佑輔(東京大学大学院修士課程1年)
研究タイトル
「あなたが抱く高齢者への差別的態度は,あなたの将来に悪影響をもたらす 」―ステレオタイプ・エンボディメント理論を活用した差別的態度の軽減―
要約
 超高齢社会である現代の日本において,高齢者への差別的態度の解消が求められている。そこで,高齢者について一般に誤解されやすい点に関する正しい情報を提示する「教育的介入」等の取り組みが,これまで行われてきた。一方で高齢者は,すべての人がいずれ所属する集団であるという点で,人種的マイノリティ等のいわゆる「外集団」としての被差別集団とは異なる。「自らもいずれ高齢者になる」ことの影響については,ステレオタイプ・エンボディメント理論 (Levy, 2009) が有効な枠組みとなる。この理論は,高齢者ステレオタイプが生涯を通して人々に内面化され,若いときに高齢者を否定的に捉えている人は,自分が高齢者になったとき,自己効力感や認知機能の低下につながると主張している。これを踏まえ,本研究では,「高齢者への差別的態度が,知覚者自身の将来に望ましくない影響を及ぼす」可能性を提示し,高齢者差別が自己関与度の高い話題であると認知させる介入を実施する。従来の「教育的介入」と比較して,この介入が,高齢者への差別的態度の軽減にどの程度有効かどうか検討する。
受賞者
中越みずき(関西学院大学大学院博士課程前期課程2年)
研究タイトル
システム正当化理論の観点から低所得層の政治参加 を捉える
要約
 なぜ日本でこれほどまでに保守政権が長期化しているのか。システム正当化理論によれば,人は心理的安寧のためのシステム正当化動機を有する。当理論によると,低所得層は,現システム下で不利益を被っているという認識と,自身の現状に対する黙認こそが現状温存に寄与しているとの認識間で不協和を経験する。彼らは既存の社会政治システムを肯定することでこの不協和を解消するという。中越・稲増 (2020) は,日本での検討によって,理論の予測通り,低所得でSJが強い層の保守政党への投票を見出した。しかし,低所得でSJが弱い層が革新(左派)政党に投票する傾向はみられず,むしろ彼らは棄権を通して既存の政治体制に貢献していた。これは他国の知見からは説明不可能である。
 そこで本研究では,認知的不協和の生起に関わる要因として,不確実性や曖昧さを嫌う欲求である認知的完結欲求に着目する。この欲求の強弱こそが低所得者の棄権と保守政党への投票とを分かつという仮説を提唱し,これを検証する。
受賞者
謝新宇(広島大学大学院博士課程前期2年)
研究タイトル
愛着不安が身体的攻撃につながるプロセスの解明:DV のエスカレート法則の観点から
要約
 夫婦・恋愛関係における暴力(DV; Domestic Violence, Dating Violence)をいかに予防・抑止するかは,心理学領域や社会福祉領域など,複数の領域をまたぐ重要な課題である(杉本,2012)。その中でDV被加害を未然に防ぐ介入プログラムの開発が遅れているものが愛着不安の高さによるDVである(Babcock et al., 2000)。
 効果的な介入プログラムを開発するためには,そのプロセスを知ることが必要である点を踏まえ(cf. 荒井,2018),本研究では,DVのエスカレート法則の観点から,愛着不安と身体的攻撃の間に,嫉妬と心理的攻撃が媒介するプロセスを提案・検証する。具体的には,構造方程式モデリングによりプロセスの外的妥当性を検討した上で,経験サンプリング法に基づく時系列データを用いてプロセスの追加検証を行う。さらに,愛着不安の高さによる不適切な行動の表出パターンは強化学習でモデリング可能であることを踏まえ(cf. Beltzer et al., 2019),学習課題の遂行時のフィードバック(社会的報酬と罰)への認知バイアス,報酬や罰に応じた行動調整の観点からプロセスを支えるメカニズムに迫る。
受賞者
前田楓(安田女子大学大学院博士後期課程2年)
研究タイトル
直観的な協力は集団の枠を超えられるか:最小条件集団パラダイムを用いた検討
要約
 近年の実験ゲーム研究において、ジレンマ状況における人々の協力行動は直観的意思決定に基づくものである可能性が議論されている(e.g., Rand, Greene, & Nowak, 2012)。本研究の目的は、Randらの「直観的協力モデル」と、集団内の一般交換システムへの適応戦略として人々の協力行動を理解する「集団協力ヒューリスティックモデル(e.g., Yamagishi et al., 1999)」を組み合わせ、人々が示す直観的な協力行動は集団内において限定的に働く可能性を検討することにある。具体的には、最小条件集団パラダイムを用いて集団所属性を操作するとともに、一回限りの囚人のジレンマゲームをタイムプレッシャーのある状況下で実験参加者に行わせ、直観的な協力行動が内集団成員を相手とする場合により顕著に示されるか否かを分析する。さらに、囚人のジレンマゲームにおいて、実験参加者が意思決定に至るまでにどのような情報探索過程をたどるのかを解析し、直観的な協力行動が集団の枠を超えられない理由についても明らかにする。
受賞者
矢澤順根(広島大学大学院博士課程後期1年)
研究タイトル
対人関係におけるクリティカルシンキングの役割モデルの提案と検討
要約
 情報化社会の現代においてクリティカルシンキング(CT)の獲得は誰にとっても重要な課題である。CTはこれまでに問題解決や意思決定など,主に論理的側面での有用性が示されてきた。しかし日本の他者との関係をより重視するといった文化的背景を踏まえると,CT獲得を促進するためには論理的側面よりも社会的側面における有用性を示していく方が効果的と考えられる。CTの対人的有用性に着目した研究では,CT能力が良好な対人関係において重要となる共感の正確さを高めることが示されている (矢澤他, 2020)。しかしこの研究では,①CTと共感の正確さの関係における代替説明の可能性が棄却できていない,②CT能力が高いとなぜ共感の正確さが高まるのか,そのメカニズムが未検討である,③日本における共感の正確さと実際の対人関係の良好さの関係が未検討であるという課題も残されている。この解決のため,本研究ではCTと共感の正確さの関係を精緻化し,共感の正確さと実際の対人関係の良好さの関係を検証することで,対人関係におけるCTの役割についてのモデル化を目指す。
受賞者
柏原宗⼀郎(関西学院大学大学院博士課程前期課程1年)
研究タイトル
受け⼊れ拒否はなぜ⽣じるのか?:Zero-Sumの観点からの検討
要約
 人々は、外国からの移⺠に対して否定的な態度、すなわち反移⺠的態度を持つことが多くの研究で示されている。こうした態度に対し、先行研究ではZero-Sum Beliefと呼ばれる「他者の得るものが多いほど、自分の得られるものが少なくなる」という信念 (Esses et al., 1998) が効果を持つとされている。Zero-Sum Beliefの個人差は、他者との競争状況において、資源が固定的・資源が希少であると認識することから生じる。資源に対する信念は、移民だけではなく、新人社員や避難民の受け入れなど社会における様々な場面にも拡張可能であるだろう。本研究では、資源に対する個人の認識を用いて、より根源的な、なぜ外集団から来る人に対し、受け入れ拒否行動を行うのかという問いを説明可能であるか検討する。公共財ゲームを基にした実験を用い、集団の人数と資源が増加していく課題を行う。この課題では、外部から人を受け入れるほど、個人にとって得な状況であるが、既有資源を消費するため「自分の資源が減ると錯覚しうる」設定にする。個人のZero-Sum Beliefが強い人ほど、状況の認識にバイアスが生じ、受け入れ拒否行動を行うか検証する。
受賞者
水野景子(関西学院大学大学院博士課程前期課程2年)
研究タイトル
罰がなぜ協力を阻害するのか?: 社会的ジレンマにおける罰による意思決定変容の検討
要約
 これまで、社会的ジレンマ状況で強力を促進する手段として非協力者への罰が有効であることが示されてきた。しかし、罰の導入によって一旦協力が増えるが、廃止すると元の水準より協力しなくなることが指摘されている (e.g.金他, 2019; Mulder, et al., 2006)。この現象の説明として、二つの説明が考えられる。一つは、「自分は社会的動機 (他者の利得を考慮する内発的な動機) に基づいて協力したいが、自分以外の人は罰がなくなると社会的動機に基づいた意思決定をしなくなる」と推論される (Mulder, et al., 2006) 説明、もう一つは罰そのものが「この状況では協力することが求められていない」メッセージとして機能することで自身の社会的動機に基づいた意思決定がされなくなり、かつその効果が罰の廃止後も続く (Falkinger et al., 2000; Gächter et al., 2011) 説明である。どちらのメカニズムが妥当かによって、罰制度の導入や運用の在り方に大きく影響するだろう。そこで本研究では、 (1) 罰はあるが社会的動機が意思決定に影響しない条件を用意すること、(2) 他者の協力フィードバックを操作すること によって、罰制度が協力を阻害するメカニズムとしてどちらが妥当であるか検討する。