2021年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧(応募順,所属等は応募時)

選考経過と講評

受賞者
野間紘久(広島大学大学院人間社会科学研究科博士課程前期2年)
研究タイトル
抑うつスキーマの機能的側面による非機能的な帰結:スキーマの維持メカニズムの解明
要約
 抑うつスキーマはうつ病の素因であり,再発の要因でもあるため,治療での重要なターゲットとなる(井上, 1992)。しかし,その修正は被治療者にとって容易ではなく,時間的にも金銭的にも負担となる(黒田, 2009)。国内で年間2万人を超える自殺者のうち,その最たる原因がうつ病であること(厚生労働省, 2021),そしてその社会的損失が2兆円を超えること(川上, 2007)を考慮すれば,「抑うつスキーマはなぜ修正することが難しいのか」という問いに答える意義は大きい。
 そのために、本研究では二つの観点からアプローチする。ひとつは、縦断的調査および実験室実験によって、一定の条件が揃った場合に抑うつスキーマが良好な対人関係の構築に寄与することを示す。もうひとつは計算論モデリングを用いて抑うつスキーマを社会的学習の観点から特徴づける。そのうえで、学習理論に基づく介入プログラムの提案へとつなげる。
受賞者
松村楓(大阪市立大学大学院前期博士課程1年)
研究タイトル
無知の自覚が社会政策に対する態度の緩和に及ぼす影響 ―個人実験及び小集団討議実験による検討―
要約
 本研究の目的は、「説明深度の錯覚」に関する理論や実証研究を社会政策についての人々の感じ方や考え方、さらには語り方に適用し、無知を自覚することが社会政策に対する人々の態度の緩和につながるか否かを検討することにある。私たちは、自身を取り巻く社会の様々な事柄を「知っているつもり」になって日常を過ごしている(e.g., Rozenblit & Keil, 2002)。実際に、理解している程度と理解しているつもりになっている程度との乖離は、時として、社会政策に対する当人の態度や認識を極端な方向へと促してしまう可能性が指摘されている(e.g., Fernbach, Rogers, Fox, & Sloman, 2013)。ファーンバックらは、こうした可能性を踏まえつつ、社会政策の背景を因果的に説明させることで、無知の自覚が促され、その結果として社会政策に対する当人の態度がより穏健になることを実証しているが、この無知の自覚が人々の態度に及ぼす具体的なプロセスについて、実証的知見が十分に蓄積されているわけではない。そこで本研究では、この具体的なプロセスに「責任の所在の再認識」が深く関わっているとの仮説を設け、個人実験及び小集団討議実験による検討を行う。
受賞者
宮崎聖人(北海道大学大学院文学院修士課程1年)
研究タイトル
一般的信頼および見知らぬ他者と協力する傾向が両方高く学習される条件の検討
要約
 人が見知らぬ他者と協力する条件を明らかにすることは、社会科学における大きな問いの一つである。見知らぬ他者との相互協力は、一般的信頼(見知らぬ他者一般の人間性に対する期待)および見知らぬ他者に協力する傾向(以下、協力傾向)の両方が高い者同士でしか起こらないことが先行研究によって明らかにされている。しかし、いかなる条件下で一般的信頼と協力傾向が両方高く学習されるのかは十分明らかにされていない。また、先行研究では結果に大きく影響しうる学習率や機会コストに関する検討が不足しているという問題がある。そこで本研究では、一般的信頼と協力傾向を独立に扱い、それらの学習率と機会コストが、一般的信頼と協力傾向が両方高く学習される条件に与える影響をシミュレーションによって検討する。
受賞者
高橋茉優(東京大学大学院修士課程1年)
研究タイトル
社会保障はなぜ崩壊しないのか ―デフォルトの効果とマキシミン選好に着目して―
要約
 所得格差の大きな現代では社会保障制度による分配の重要性が増している。分配はリスクに直面した際に集団で対処する集団解であり、分配に参加せず自分の力だけで対処する方法は個人解と言える。社会保障がうまくいくためには多くのメンバーが制度に参加してリスクを分散させる必要があるが、豊かなメンバーには集団解から抜けて個人解を選ぶ誘因があり、集団解が崩壊する可能性がある。
 本研究では、集団解を支える心理的背景やメカニズムについて、デフォルトの効果とマキシミン選好に着目しながら調べることを目的とする。人は所与のデフォルト状態を変更しにくい(Thaler, 2015)ため、集団解がデフォルトであるとき個人解に移動しにくいと考えられる。また、人は最も不遇な状態にある人の利益を最大化するという原理(Rawls, 1971)に沿った思考をしやすいという知見がある(Kameda et al., 2016)。集団解にはリスクを吸収する機能があるため、マキシミン選好が強い人は集団解を選ぶと考えられる。本研究ではこのような個人差要因が社会的要因とどのように交絡することで社会保障制度が維持可能か、実験とシミュレーションにより検討する。
受賞者
岡田葦生(京都大学大学院法学研究科博士後期課程2回生)
研究タイトル
政治的会話回避の要因としての多元的無知
要約
 「人前で政治・宗教・野球の話はするな」という巷説があるように、政治に関する話題はタブーとして扱われることがある。事実、日本における政治的会話の生起頻度は高くはない(横山・稲葉, 2014)ことからも、この規範は依然として存在すると言える。その一方で、人々の政治的会話に対する抵抗感は非常に低いことも示されている(岡本, 2004; 横山・稲葉, 2014)。
 本研究では多元的無知(Allport, 1924)の観点からこのパズルの解明を試みる。すなわち、個々人の政治的話題に対する抵抗感は低いが、「他の人は政治的話題に抵抗感を感じるに違いない」という誤推論によって「政治の話=タブー」という規範が維持されていると考える。仮説の検証は次の2つの分析を通じて行われる。分析1では政治的会話に対する自他の抵抗感を測定し、実際に多元的無知が発生しているかを確認する。続く分析2では他者の選好の認知を操作し、多元的無知の有無が政治的会話にどの程度影響するかを検討する。
受賞者
李述氷(玉川大学大学院修士2年)
研究タイトル
社会的排斥経験が相互協調的自己観を形成する生物学的なメカニズムの解明
要約
 相互協調的自己観は社会における義務や責務、ならびに仲間意識を重視した自己観のことであり、悪評を立てずに社会的排斥を回避することが重要な適応問題となる東アジア社会において適応的な心の働きであると考えられる。先行研究では社会的排斥経験が相互協調的自己観を高めることが明らかにされてきたが(高橋ら, 2009)、社会的排斥経験と相互協調的自己観の間を媒介する生物学的なメカニズムについては明らかにされてこなかった。そこで本研究では、社会的痛みの脳内処理に関わる背側前帯状皮質(dACC)の機能に注目し、社会的排斥経験と相互協調的自己観の間をdACCの活動が媒介するかどうかを検討する。また社会的痛みの緩和に関連するμオピオイド受容体遺伝子(OPRM1)に注目し、OPRM1の多型により社会的排斥が持つ相互協調的自己観の促進効果が異なるかどうかも検討する。
受賞者
森隆太郎(東京大学大学院人文社会系研究科修士1年)
研究タイトル
「協力する気のある人しかここにはいない?」:集合行為を支える自主的な参加のメカニズムの検討
要約
 一人より上手く課題を解決しうる一方で、他者の意思決定によっては失敗したり搾取されたりする恐れのある集合行為(e.g. 集団的な狩り・輪読会・民間保険)は、どのような条件下で成立するのだろうか。この問いは、社会科学の古典的な重要問題の一つだ。
 本研究は、日常的な集合行為の多くで自主的な参加/離脱が許されるにも関わらず、先行研究の多くがそれを見逃してきたことを指摘し、さらにそのように独立して行動する選択肢が残されていることが、むしろ集合行為の成立を助けるメカニズムに注目する。
 集合行為からの離脱が許されている時、集合行為の失敗を恐れる人は初めから集団に参加しないという自己選抜が予測される。さらに、そのような自己選抜を予期できるなら、集合行為の参加者間では「成功させる気のある人しか残っていない」という予想を共有でき、互いの協力に楽観的な集団が自生する可能性もある。
 以上の予測を、閾値型の公共財ゲームをベースとする新しい経済ゲーム実験を用いて検証する。