2022年度日本社会心理学会若手研究者奨励賞受賞者一覧(応募順,所属等は応募時)
選考経過と講評
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- 受賞者
- 田中里奈 名古屋大学大学院 博士前期課程2年
- 研究タイトル
- 内受容感覚と内受容意識に及ぼす文化の影響とその説明要因の検討
- 要約
- 内受容感覚とは、身体の緊張や意識の覚醒等、自己認識の根幹部分を担う身体内部の感覚を指す。先行研究によれば、アジア人や西アフリカ人は、ヨーロッパ系アメリカ人よりも身体状態の変化への気づき(内受容意識)を報告しやすい一方、内受容感覚の正確さはむしろ低い。その理由として、アジア人や西アフリカ人は、その優勢な包括的注意傾向を反映してあたかも他者が外側から自身の身体を見るかのような見方をしやすく、その見方が身体そのものへの気づきを促す一方、実際の身体反応の変化の検出をむしろ鈍らせる可能性が示唆されている。しかし後続の研究は過去10年近く行われていない。加えて、自身の内側に向けた注意が身体状態への感覚を敏感にさせる可能性も想定されるが、例えばself-clarityやobjective self-awarenessによる影響についても検討されてきていない。そこで本研究では、これらの問題点を踏まえた上で、効果量に基づく十分なサンプルサイズを用いた実験を日本とカナダで実施し、その知見の追認や拡張を目指す。
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- 受賞者
- 菅沼秀蔵 東京大学大学院 修士課程1年
- 研究タイトル
- 我々は先人からどう学ぶのか ―情報探索場面における系列的な社会学習の検討―
- 要約
- 文化進化学では,ヒトの文化の特徴をその累積性にみとめる議論がある.科学研究における「巨人の肩の上に乗る」といった言辞が象徴するように,世代間の情報伝達を通して社会的にプールされた情報に累積的な改善が生じるプロセスは普遍的にみられる.一方で,限られた時間や資源のもとで個人がどのように先行世代からの学習(社会学習)から自身の試行錯誤による学習(個人学習)へ移行する決定を行うのかは,実証的に検討されていない.
本研究では,不確実な状況下で多数の選択肢のなかから優れたものを選び出すという普遍的な意思決定場面において,先行世代の意思決定を実験参加者が観察する状況を設定し,参加者が社会的情報をどう利用するのかを実証的に明らかにする.具体的には,先行世代から得られる社会情報の類型(行動選択およびその結果)が,「先行世代から独立するタイミング」および「意思決定パフォーマンスの累積性」に与える影響を,行動実験・計算論モデリング・シミュレーションを用いて定量化する.
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- 受賞者
- 藤川真子 広島修道大学大学院 博士前期課程2年
- 研究タイトル
- 情報獲得において多数派の行動を過剰に模倣することは適応的なのか?: 多数派同調バイアスの実験的検討
- 要約
- 不確実性の高い状況下で多数派を過剰に模倣することは正しい情報を見極める問題で合理的だと理論上報告されてきた (e.g., Kameda & Nakanishi, 2002)。ただし、Boyd & Richerson (1985) によれば、この多数派同調にはバイアスが存在するという。多数派同調バイアスとは、集団内の50%を超える人が採用する行動を、それを超える確率で個人が採用することである。多数派同調バイアスの存在は、理論的には示されているが、実証的にはその存在が示されていない研究もある (Eriksson & Coultas, 2009)。しかし、申請者は、獲得する情報の種類を変更することで、多数派同調バイアスの存在を示してきた (藤川他, 投稿中)。これまでの研究の限界は、多数派同調バイアスの適応性が検討されていない点である。そこで、本研究では、正しい情報を獲得できた際の金銭的誘因を導入した藤川他の追試を行い、多数派同調バイアスを持つことが適応的な情報獲得方略であるかを検討する。
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- 受賞者
- 棗田みな美 広島修道大学大学院 博士前期課程1年
- 研究タイトル
- 社会的ジレンマ状況における多数派同調バイアスの適応的意義
- 要約
- 本研究の目的は、内集団へ協力する状況において、多数派同調バイアスが観察されるか否かを検討することである。多数派を模倣する多数派同調傾向が正しい情報を獲得する場面で適応的であり (Boyd & Richerson, 1985)、さらに、こうした多数派同調バイアスの存在が文化進化をもたらすと主張されている。多数派同調バイアスとは、集団内の多数派 (e.g., 60%) が採用する行動を、それを超える確率 (e.g., 80%) で模倣することである (Boyd & Richerson, 1985)。多数派同調バイアスは、情報獲得状況において観察されることが実証的に示されている。Boyd & Richerson (2005) は、理論的には、多数派同調バイアスが、情報獲得場面のみならず、内集団協力の場面においても観察されると予測している。しかし、内集団協力の状況において多数派同調バイアスが観察されることを実証したデータはほとんど見られない。そこで本研究では、社会的ジレンマ状況において多数派同調バイアスが観察されるか否かをシナリオ実験で検討する。
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- 受賞者
- 比留間圭輔 青山学院大学大学院 博士前期課程1年
- 研究タイトル
- 日本人が相互独立的な人を選好するとき
- 要約
- 文化心理学によると、欧米文化圏では、自己を独自の存在と捉える相互独立的自己観を共有しており、東アジア文化圏では、自己を他者と重なり合った存在と捉える相互協調的自己観を共有しているとされる(Markus & Kitayama, 1991)。これに対して、Hashimoto & Yamagishi(2015)は、適応的視点から自己観を再考し、日本人が示す相互協調性は必ずしも個人の選好ではなく、周囲から排除されることを回避するための適応的な行動戦略だと論じている。橋本(2011)は、日本人は本心では相互独立的な人を好意的に評価するが、他者は相互協調的な人を好意的に評価すると予測するため、自身も相互協調的に振る舞うことを示している。ただし、上述の研究では、回答者は相互独立的な人と相互協調的な人の特徴が記された文章を読んで両者について印象評価を行っただけであり、評価対象者との間に相互作用がある場合に同様の評価を行うかは定かではない。そこで本研究では、Steiner(1972)の課題分類を基に評価対象者との間の相互依存関係を操作した上で、両者に対する選好がどのように異なるのかを検討する。
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- 受賞者
- 奥山智天 一橋大学大学院 修士課程1年
- 研究タイトル
- 社会経済的地位と幸福観:「小さな幸せ」は主観的幸福感の社会経済的格差を緩和するのか
- 要約
- 本研究の目的は、これまで検討されてこなかった日常の些細な出来事の中で感じる「小さな幸せ」(e.g., 道端の花がきれい)を概念化・尺度化し、社会経済的地位(SES)の異なる人々で小さな幸せがどのような機能を持つのかを明らかにすることにある。
近年、日本社会における社会経済的格差が深刻になりつつある。収入や教育などの社会経済的資源が限られた環境に置かれた人々は主観的幸福感が低い(内閣府, 2022)。そこで本研究では、「小さな幸せ」に着目し、幸福を感じる資源や機会が限られているSESの低い環境に置かれた人々は、小さな幸せを感じることが特に重要である可能性を検証する。
本研究ではまず、日常の中で頻繁に感じる強度の弱い幸福な出来事について状況サンプリングを行い、内容分析の結果をもとに「小さな幸せ尺度」をボトムアップに作成する。次に、小さな幸せと他の類似する幸福概念との相関関係を明らかにし、尺度の妥当性検証を行う。最後に、小さな幸せがSESの低い環境に置かれた人々の主観的幸福感の低下を緩和するという研究仮説を検証する。
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- 受賞者
- 大坪快 九州大学大学院 修士課程 1年
- 研究タイトル
- 「協力する気のある人しかここにはいない?」:集合行為を支える自主的な参加のメカニズムの検討
- 要約
- 本研究の目的は,集団間紛争において紛争に参加しない個人(兵役拒否者)の評判を低下させる要因を明らかにすることである。近代以降の集団間紛争において,兵役拒否者は,他の内集団成員からの非難や排斥の対象となってきた(e.g., Bibbings, 2003)。しかし,兵役拒否者の評判に関する実証研究はほとんど行われておらず,なぜ兵役拒否者が低く評価されるのかは明らかになっていない。近年,一部の国では兵役拒否が人権の一つとして容認される動きがある。これらの国では,兵役拒否者が,兵役の代わりに社会奉仕活動への従事などを求められることが多い(市川,2007)。このような政策が社会の中での兵役拒否者の待遇や地位に与える影響を評価するためには,彼ら/彼女らの評判を規定する要因を実証的に検討する必要がある。本研究は,兵役拒否を社会的ジレンマ状況における「ただ乗り」行為として捉え(Bornstein, 1992),「コストの負担」や「内集団への貢献」の有無が兵役拒否者の評判に影響を及ぼす可能性を経済ゲームのパラダイムを用いて検討する。
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- 受賞者
- 上田寛 広島大学大学院 博士課程前期1年
- 研究タイトル
- アスリートのメンタルヘルス改善に向けた心理的安全性の効果検証
- 要約
- アスリートは競技生活の中で,意欲低下や競技からの離脱を引き起こすバーンアウト(岸・中込, 1991),過度な不安や緊張が引き起こす競技不安(橋本, 1993) 等,様々なメンタルヘルスの問題に曝されている。しかし現状,その包括的なケアは十分ではなく,具体策の提案が急務である(Purcell, 2019)。
アスリートの心理的なケアについてFransen (2020) は,心理的安全性の重要性を主張している。心理的安全性とは,チーム内での対人的なリスクを伴う行動に対する安心感を指し,バーンアウトと競技不安の低減に効果的であることが示されている(上田他, 2022)。しかしながら,①アスリート特有の心理的安全性を測定する日本語版尺度がない,②アスリートにおける心理的安全性の効果過程,及びその一般化可能性が未検討であるという課題が残されている。
以上より,本研究では『日本語版・スポーツ組織における心理的安全性尺度』の開発, 及び心理的安全性の先行要因としてのリーダーシップの役割についての競技横断的な検討を行う。これにより,アスリートの心理的安全性のための汎化型介入プログラム提案に向けた実証的知見の提供を目指す。