第20巻 第1号 平成16年(2004年)7月 和文要約

表題
関連感情がメッセージの精緻化に及ぼす影響:印刷媒体広告を用いた情報処理方略の検討
著者
田中知恵(一橋大学大学院社会学研究科)
要約
広告から直接的に生じた感情(関連感情)が、その広告メッセージの精緻化に及ぼす影響に関して検討した。ポジティブな関連感情は感情維持に動機づけられた処理続行方略を導き、ネガティブな関連感情は感情改善に動機づけられた処理停止方略を導くため、ポジティブ感情の方が広告メッセージに対して精緻な処理を促進すると予測された。実験1および実験2では、印刷媒体広告の表現によりポジティブもしくはネガティブな感情状態を導出した。その後、同じ広告のメッセージに対する精緻化の程度を再生課題により測定した。実験3では、参加者のポジティブもしくはネガティブな感情状態は処理対象であるメッセージと同じ広告(関連感情)、もしくは別の広告(無関連感情)により操作された。3つの実験では一貫して、ポジティブな関連感情はネガティブな関連感情よりも精緻化を促進した。これらの結果は無関連感情を用いたこれまでの研究の結果とは異なっていた。関連感情と無関連感情による情報処理方略の差異に関し考察された。
キーワード
関連感情,無関連感情,精緻化,情報処理方略,広告メッセージ
表題
日本人の自己卑下と自己高揚に関する実験研究
著者
鈴木直人(北海道大学大学院文学研究科)
山岸俊男(北海道大学大学院文学研究科)
要約
本研究の目的は日本人の自己卑下行動の認知的基盤を調べることにある。日本人の自己卑下行動は日本の対人場面において適応的な「デフォルトの自己提示」とする観点に基づき、日本人の自己卑下は、正確な自己評価が必要とされる状況では消失すると予測した。実験は2つの部分で構成されていた。第1部では、参加者は20題からなる認知テストを受けた。第2部では、そのテストの自身の成績が平均を上回っているかあるいは下回っているかについて判断を求めた。ボーナス報酬条件では、参加者は正確に判断するとボーナスを獲得できることになっていた。固定報酬条件では、参加者は判断の如何に関わらず固定金額を得ることになっていた。2つの実験の結果、固定報酬条件で見られた日本人の自己卑下傾向は、ボーナス条件で消失した。この結果は、日本人の自己卑下行動が、状況に応じて切り替わる自己呈示方略の一環であることを示している。
キーワード
自己卑下、自己高揚、自己評価、自己提示
表題
「寡きを患えず、均しからずを患う」?:グループの意思決定におけるパレート原理の作用
著者
田村 亮(北海道大学大学院文学研究科)
亀田達也(北海道大学大学院文学研究科)
要約
本稿は報酬分配における、公正追求と社会的効率の犠牲との間の葛藤に注目する。大坪・亀田・木村(1996)は個人が、主観的にはより公正だが、パレート最適性という観点からは劣った報酬分配を、支持することを明らかにした。我々はグループによる報酬分配の文脈から、この現象を再検討した。実験参加者にはまず初めに、協同作業によって賞金を勝ち取ったグループに関するシナリオが与えられ、その後、中立的な第3者として様々な報酬分配方法を評価することが求められた。グループ条件の参加者は、それらの報酬分配方法を協議し、推薦を行った。個人条件の実験参加者は、同一の評価を個人として行った。実験の結果、グループは個人よりしばしば、公正さでは劣るもののパレート優位な分配方法を推薦することが明らかになった。第2実験は、決定の受益者に対する説明責任が、集団の意思決定におけるパレート原理の作用の根底にあることを示した。
キーワード
分配の公正、報酬配分、パレート原理、集団意思決定、説明責任
表題
サークル集団における対先輩行動:集団フォーマル性の概念を中心に
著者
新井洋輔(筑波大学心理学研究科)
要約
本研究では、大学生のサークル集団において後輩が先輩に対してとる行動の側面を分類し、集団属性(集団フォーマル性、集団凝集性)や先輩の勢力との関連を検討するという目的で、2種の調査が行われた。第1調査では、対先輩行動が6つの側面(礼儀、服従、親交、参照、衝突回避、攻撃)に分類された。第2調査では、大学生238人を対象に行われた調査によって、以下のことが明らかになった。第1に、攻撃を除いたパス解析の結果、礼儀と服従と衝突回避は集団フォーマル性と先輩の勢力の双方によって起きるのに対し、他の側面は集団フォーマル性の影響を受けていなかった。第2に、衝突回避を除くすべての行動が先輩の肯定的勢力によって起きており、さらに服従と衝突回避は先輩の罰勢力によって起きていた。
キーワード
集団内行動、対先輩行動、サークル集団、集団フォーマル性
表題
気分一致効果規定因としての気分原因帰属および認知資源量
著者
具志堅伸隆(名古屋大学人間情報学研究科)
唐沢かおり(名古屋大学環境学研究科)
要約
本研究は、感情情報理論によって主張されているプロセスの自動性を明らかにするため、気分一致効果の抑制に及ぼす認知資源の効果を検討した。153名の参加者がポジティブあるいはネガティブ気分下において判断を行った。また、判断時間を制限するか否かによって認知資源量が操作された。その結果、認知資源が制限されない場合にのみ、気分を本来の生起原因に帰属することによって気分一致効果が抑制された。したがって本結果は、気分状態が判断のための情報として相当程度自動的に機能するのに対し、判断への気分の適用を抑制するためには認知的努力が必要であることを示唆している。気分を自動的に判断に適用して認知資源を節約することの適応的な重要性が議論された。
キーワード
気分一致効果、感情情報理論、気分原因帰属、認知資源、自動性
表題
水害リスクの受容に影響を及ぼす要因
著者
元吉忠寛*(独立行政法人 防災科学技術研究所)
(*現所属:名古屋大学大学院教育発達科学研究科)
髙尾堅司(独立行政法人 防災科学技術研究所)
池田三郎(筑波大学社会工学系)
要約
水害リスクのある地域に住む以上、人々は水害リスクを受容し、防災対策を行うことが必要となる。本研究では、住民の水害リスクの受容意識に、どのような要因が影響を与えるのかを検討することを目的とした。2000年9月の東海豪雨水害で被災した地域の住民(N=2811)に対して、水害に関する認識、水害リスク受容、社会考慮、リスクに対する合理的な認識についての質問紙調査を実施した。構造方程式モデリングによる検討の結果、水害対策に関する自己責任の意識と行政に対する信頼は、水害リスクの受容意識に正の影響を与えていた。また、水害に関するゼロリスク意識が高い場合は、水害リスクを受容しにくいことが明らかになった。さらに、リスクに対する合理的な認識や社会考慮が、水害リスクに対する認識に与える影響について検討を行った。
キーワード
水害リスク、社会的受容、災害、リスク・コミュニケーション
表題
成功・失敗後の直接・間接的自己高揚傾向
著者
小林知博(大阪大学大学院人間科学研究科)
要約
本研究では、自己評価に直接的なもの(自己の現在への評定)と間接的なもの(自己の将来の評価と自己に関連のある集団への評定)の2種類を考え、それぞれについて、自尊心と成果フィードバックの効果を検討した。99名の学生を被験者とし、課題へのフィードバックを与える集団実験の結果、以下のことが検証された。直接的自己評価においては、高自尊心者が自己高揚的傾向を表した。しかし間接的な自己高揚のうち将来の自己評価については、失敗条件群はより間接的自己高揚を行っていることが示された。間接的な自己高揚のうち集団の評価においては、高自尊心で失敗を経験した群により自己高揚傾向が見られた。失敗経験によって低められた自尊感情を回復させようという動機づけが高い場合に、より高揚傾向がみられたといえよう。直接・間接的という評価方法の違いによって自己高揚のされ方が異なり、特に間接的自己高揚には自尊感情回復という動機づけの影響がかかわっていることが示された。本研究は直接的・間接的に自己高揚を分別することにより、日本人における自己高揚について新たな知見を提供するものである。
キーワード
直接的自己高揚、間接的自己高揚、成果フィードバック、自尊心