「 社会心理学研究 」 第26巻 第1号 2010年8月 和文要約
- 表題
- 育児中の女性正社員の就業継続意思に及ぼすメンタリングの効果:ワーク・ファミリー・コンフリクトと職業的アイデンティティに着目して
- 著者
- 児玉真樹子・深田博己 (広島大学大学院教育学研究科)
- 要約
- 本研究では、育児中の女性正社員の就業継続意思に及ぼす3種類のメンタリング(職業領域メンタリング,育児領域メンタリング,両立領域メンタリング)の効果を、職業的アイデンティティおよびワーク・ファミリー・コンフリクトを媒介変数に投入して検討した。一番下の子どもが15歳以下の女性正社員の調査データ247名分を用いて分析をした結果、以下が示された。(a)両立領域のメンタリングが就業継続意思を直接的に促進する働きを示した。(b)職業領域のメンタリングが職業的アイデンティティ形成を直接的に促し、職業的アイデンティティの確立度合は就業継続意思に正の影響を示した。
- キーワード
- 育児中の女性正社員、就業継続意思、メンタリング、ワーク・ファミリー・コンフリクト、職業的アイデンティティ
- 表題
- 社会的スキルとしての対人コミュニケーション認知メカニズムの検討
- 著者
- 木村 昌紀(大阪大学大学院人間科学研究科、日本学術振興会)
大坊 郁夫(大阪大学大学院人間科学研究科)
余語 真夫(同志社大学文学部)
- 要約
- 本研究では、観察者による対人コミュニケーション認知を社会的スキルの1つとして位置づけ、そのメカニズムを検討した。研究1の結果、判断が易しい、表出性の高い会話で、対面交渉能力が観察者による対人コミュニケーション認知の判断精度に影響した一方、判断が難しい、表出性の低い会話では影響しなかったことから、両概念の関連性が示唆された。また、判断精度向上の手がかりを探るために、レンズモデル分析を実施した。会話者は発話が多く、アダプターが少ない場合に対人コミュニケーションをポジティブに認知していた一方、観察者は発話に加えて笑顔やジェスチャーを手がかりにしているため、両者の認識に相違が生じることが示された。研究2では、練習によって観察者による対人コミュニケーション認知の判断精度が向上することが一連の観察実験からわかった。これらの結果から、社会的スキルとしての観察者の対人コミュニケーション認知の妥当性が示唆され、メカニズムの一端が明らかになったといえる。
- キーワード
- 対人コミュニケーション、行為者と観察者、社会的スキル
- 表題
- 被職業スティグマ意識と対処方略
- 著者
- 上瀬由美子 (江戸川大学)
堀 洋元 (日本大学)
岡本浩一 (東洋英和女学院大学)
- 要約
- 本研究では、被職業スティグマ意識と属性の関連、被職業スティグマ意識への対処方略、そして被職業スティグマ意識と対処方略が全体的自尊心・職業的自尊心に及ぼす影響について検討することを目的とした。性および年齢による層別サンプリングを行い、501人の回答者から得られたデータによって明らかになったのは以下の点であった。(a)回答者の1割程度が、職業スティグマを感じていた。(b)被職業スティグマ意識を有する者は男性に多く、特に若年の非正規雇用者など収入の低い者に多かった。(c)被職業スティグマ意識への対処方略として次の5つがみられた:価値付け、集団同一視、社会的比較、差別への帰属、脱同一視。(d)被職業スティグマ意識高群では、職業的自尊心に対し集団同一視が正の関連を示していた。最後に、対処方略の性質と、今後の研究課題について議論された。
- キーワード
- 職業スティグマ、被職業スティグマ意識、自尊心、対処方略
- 表題
- 地域コミュニティによる犯罪抑制:地域内の社会関係資本および協力行動に焦点を当てて
- 著者
- 高木大資 (東京大学大学院人文社会系研究科・日本学術振興会)
辻竜平 (信州大学人文学部)
池田謙一 (東京大学大学院人文社会系研究科)
- 要約
- 本研究では、地域コミュニティによる犯罪抑制について、主に社会関係資本論の観点から検討を行った。都市部において行った郵送調査のデータを用い、個人レベルおよびマクロ(街区)レベルの社会関係資本によって促進される地域内での協力行動が、回答者の犯罪被害件数に与える影響について階層線形モデルを用いた検討を行った。分析結果から、回答者が持つ協調的な知人の数が多いほど協力行動も増大することが確認された。さらに、挨拶や立ち話をする知人の数に関しては、居住地域にそのようなネットワークを持つ他者がいることで、回答者の協力行動が促進されることが示された。また、マクロレベルで集積された協力行動は、"コミュニティ侵入盗"の犯罪種に対して抑制効果を持つことが示された。
- キーワード
- 犯罪抑制、社会関係資本、協力行動、階層線形モデル、生態学的誤謬
- 表題
- ネガティブなステレオタイプの抑制におけるリバウンド効果の低減方略:代替思考の内容に注目して
- 著者
- 田戸岡好香・村田光二 (一橋大学大学院社会学研究科)
- 要約
- ステレオタイプの抑制は、抑制後にステレオタイプのアクセスビリティが上昇するリバウンド効果を導く。先行研究では、反ステレオタイプ(例:老人は有能)を代替思考として用いてもリバウンドすることが示されており、代替思考方略の限界が指摘されてきた。そこで本研究では、ステレオタイプ内容モデルに基づき、ステレオタイプの一方の次元(無能)の抑制時に、他方の次元(温かさ)が有効な代替思考となると考え、検証した。具体的には、高齢者ステレオタイプの無能さを抑制した時、高齢者の温かさを代替思考とするとリバウンドしないだろうという仮説を検討した。実験1では高齢者の無能に関する側面を抑制するとリバウンドすることを確認した。実験2・3では代替思考方略の効果を検討した。実験の結果、高齢者の無能さを抑制した時、温かさに焦点を当てた場合には、反ステレオタイプに焦点を当てた場合よりリバウンドしなかった。考察では、リバウンド効果を避けるためにステレオタイプの他方の次元を用いる方略の有効性を議論した。
- キーワード
- ステレオタイプ抑制、リバウンド効果、代替思考、ステレオタイプ内容モデル
- 表題
- 日本人大学生の恋愛関係に見られるナイーブ・シニシズムの検討
- 著者
- 武田美亜 (東洋大学社会学部)
沼崎 誠 (首都大学東京都市教養学部)
- 要約
- 恋愛関係にある日本人大学生においてナイーブ・シニシズムが見られるかどうかと、恋愛関係の親密さの程度によってナイーブ・シニシズムの強さに違いがあるかどうかを検討した。2者関係の進展にとって望ましいふるまいと望ましくないふるまいを6項目ずつ挙げ、38組の大学生とその恋人の双方に、そうしたふるまいをしている相対的割合の自己評定と、恋人の自己評定値の推測をさせた。彼らは、恋人の自己評定は望ましいふるまいで過大評価、望ましくないふるまいで過小評価となっているであろうと推測していた。さらにこの傾向が少なくとも部分的には他者の判断には自己高揚動機によるバイアスがかかっているという推測によるものであることも示された。ナイーブ・シニシズムを示すパターンは親密な関係において親密でない関係よりも明確に見られたが、この違いが他者に対する自己高揚動機の推測の違いによるのか自己卑下傾向の違いによるのかは明らかにはできなかった。結果は自己および他者に関する判断のバイアスという観点から考察した。
- キーワード
- ナイーブ・シニシズム、自己高揚および自己卑下、親密さ
- 表題
- 表情と言語的情報が他者の信頼性判断に及ぼす影響
- 著者
- 大薗博記・森本裕子・中嶋智史・小宮あすか (京都大学)
渡部 幹 (早稲田大学)
吉川左紀子 (京都大学)
- 要約
- 見知らぬ他者を私たちはどのようにして信頼するのだろうか?先行研究において、笑顔の相手が真顔の相手よりも信頼されることがわかった。日常においては、他者の顔と言語情報が共に呈示されるのが普通である。そのような状況では、どのような人物がより信頼されるのだろうか?52人の実験参加者は、複数の取引相手と信頼ゲームを提供者の立場で行うよう、教示された。信頼ゲームに先立ち、取引相手の顔写真(笑顔/真顔)と相手の信頼性を示す質問紙への回答(中立/信頼性やや高/信頼性高)が呈示され、それぞれの相手にいくら提供するかを決定した。その結果、信頼性の高い回答をした相手は、中立の回答をした相手よりも信頼された。また、女性写真においてのみ、笑顔の相手は真顔の相手より信頼された。さらに、極端に信頼性が高い回答をした相手においてのみ、笑顔の方が真顔より信頼されなかった。この結果は、自らが信頼できると強く主張する相手は、かえって不信を招くことを示唆している。
- キーワード
- 信頼性、笑顔、言語情報、シグナリング、協力
- 表題
- 評議におけるコミュニケーション:コミュニケーションの構造と裁判員の満足・納得
- 著者
- 荒川 歩・菅原郁夫 (名古屋大学大学院法学研究科)
- 要約
- 適切な評議運営を行うためには、裁判員が評議のコミュニケーションをどのように考えているかを明らかにすることが重要である。本研究では、裁判員模擬裁判の評議を題材に、その評議のプロセス例、参加した裁判員がどのような場面で参加の不満足を覚える可能性があるのか、そして、裁判員はどのようなところで納得するのかについて検討を加えた。裁判員模擬裁判に参加した6名の模擬裁判員を主たる対象とし、録画された評議、事前・事後のアンケート、そして事後インタビューを分析した。その結果、一部の裁判員は、根拠のある意見を言わなければならない場であると感じ、ある裁判員は、そのルールを受け入れ、同時に評議を高く評価したのに対し、別の裁判員は、自分が主張したい意見に根拠をうまくつけることができず、参加の満足感も低かった。もしこれらに因果関係があるならば、行為者の納得・満足も考慮して評議の場を作ることが必要であろう。
- キーワード
- 裁判員裁判、専門家-非専門家コミュニケーション、成員異質性