第28巻 第1号 2012年8月 和文要約

表題
法規性は正当性に対する信頼性の影響を阻害する?:
沖縄県におけるコモンズの管理権をめぐる多様なアクターの制度的基盤と認知的基盤
著者
野波寛(関西学院大学)
加藤潤三(琉球大学)
要約
本研究では、自他がコモンズの管理に関与する権利の承認可能性を正当性と定義し、その規定因として、法規的な規範などにもとづく準拠枠である制度的基盤と、自他の望ましさなどに対する主観的評価へ依拠した認知的基盤という2つを提起した。コモンズに対するあるアクターの管理権が法規性という制度的基盤から成立する場合、その権利は変動可能性の低い構造化されたものとして個々人に認知されるだろう。このため、当該アクターの正当性の根拠を法規性以外の要因から考慮する人々の認知的処理が機能しにくくなる。この場合、当該アクターの信頼性など認知的基盤への注視が阻害され、正当性の規定因として作用しにくくなると仮定できる。制度的基盤による認知的基盤への干渉効果を検証するために、沖縄県の恩納村で、赤土流出の対策立案にかかわるアクターへの評価を調査した。その結果、法規性の低いときにはアクターの信頼性が正当性を促進することが示された。コモンズの管理をめぐる権利の正当性とその規定因について、理論的な議論をおこなった。
キーワード
正当性、制度的基盤、認知的基盤、コモンズ
表題
経済格差の是正政策に対する人々の賛意:
機会の平等性と社会階層の認知が責任帰属に与える影響の検討
著者
橋本 剛明 (東京大学大学院 人文社会系研究科 / 日本学術振興会 特別研究員)
白岩 祐子 (東京大学大学院 人文社会系研究科)
唐沢 かおり (東京大学大学院 人文社会系研究科)
要約
本研究は、経済格差の是正政策に対する態度の規定因を検討した。特に、機会不平等に関する認知と、自らが属する社会階層に関する認知、およびそれらが格差問題に対する責任認知に与える影響に注目した。一般調査で得られた798名のデータを分析したところ、当事者の能力や努力によって教育と就業の機会が統制可能だと認知されるほど、格差の問題責任および解決責任は政府ではなく貧困者に帰属され、貧困是正政策に対する賛意も低下することが明らかになった。さらに、社会階層の認知は、機会不平等への見方を調整する役割を担うことが示された。低階層認知者は、親の所得や本人の性別が機会に与える影響を認識するほど、機会が統制できないと認知していた。一方で、高階層認知者は、個人的統制が困難な出自や性別が機会に及ぼす影響を、機会の統制可能性とは独立に認知しており、機会に対する能力や努力の影響力を高く見積もる傾向が示唆された。
キーワード
貧困是正政策、機会不平等、社会階層認知、問題責任、解決責任
表題
感情抑制が顕在ムードと潜在ムードに及ぼす影響
著者
及川 晴 (無所属)
及川 昌典(同志社大学)
要約
感情的な出来事の抑制が顕在ムードと潜在ムードに及ぼす影響を検討した。先行研究の知見と整合して、顕在ムード(PANAS)と潜在ムード(IPANAT)は、ポジティブないしネガティブな出来事の想起の影響を同様に受けていた。ただし、感情的な出来事の影響を抑制するように求められた場合、顕在レベルでは抑制が成功していたが、潜在レベルでは感情的な出来事の影響が持続していた。これらの結果から、感情反応を抑制しようとする試みは、顕在的には自らの感情状態が抑えられたという認識を導くが、潜在的には感情の活性化が持続している可能性が示唆された。近年の社会心理学における二過程理論に基づき、顕在ムードと潜在ムードを区別することの重要性について論じる。
キーワード
抑制、顕在ムード、潜在ムード、潜在ポジティブネガティブ感情検査、二過程理論
表題
送り手との互恵性規範の形成による社会的迷惑行為の抑制効果:
情報源の明確な感謝メッセージに着目して
著者
油尾聡子(名古屋大学大学院教育発達科学研究科・日本学術振興会)
吉田俊和(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)
要約
本研究は、管理者との間に互恵性規範を形成することで社会的迷惑行為が抑制される可能性を検証した。互恵性規範とは、“好意(favor)を与えてくれた他者に対して同様のお返しをしなければならない”という規範である。互恵性規範を強く喚起させるため、「きれいに駐輪していただきありがとうございます」という感謝メッセージに加え、メッセージの送り手である管理者がその場を管理しているという情報を呈示した。専門学校生および大学生191名を対象に質問紙を配布し、社会的迷惑行為を実行しそうな場面で感謝メッセージや送り手の情報が呈示された場合、もしくは呈示されなかった場合に感じることや行うことを想像してもらった。その結果、予測どおり、感謝メッセージと送り手の情報が呈示されると、互恵性規範の喚起を介して社会的迷惑行為が抑制されることが示された。最後に、管理者との互恵的な信頼関係を築いて社会的迷惑行為を抑止することで得られる理論的・実践的意義について考察された。
キーワード
感謝、メッセージ、送り手の情報、互恵性規範、社会的迷惑行為
表題
裁判シナリオにおける非対称な認知の検討:
被害者参加制度への態度や量刑判断との関係から
著者
白岩 祐子 ( 東京大学大学院 )
荻原 ゆかり ( 楽天株式会社 )
唐沢 かおり ( 東京大学大学院 )
要約
本研究は、架空の殺人事件の裁判シナリオにおける量刑判断の規定因について検討した。特に、被害者参加人の発言に対して「自分よりも他者に影響する」という非対称な認知が生起し、この認知が量刑を抑制するかどうかに着目した。大学生147名を対象に実施したシナリオ実験の結果、被害者参加人の発言について非対称な認知が生起し、非対称性が強くなるほど選択される量刑は軽くなる傾向が確認された。また、被害者等の裁判参加に対する態度が否定的であるほど、被害者参加人の発言による自己への影響が少なく評価されたことから、被害者参加に対する否定的な態度は、非対称な認知を介して軽い量刑選択につながることが示唆された。これまで、「被害者参加は人々の同情を喚起して厳しい法的判断をもたらす」という想定を主に検討してきた先行研究に対し、本研究は、被害者等の裁判参加に対する個人の態度によっては逆の結果がもたらされる可能性を示した。
キーワード
第三者効果、裁判員制度、被害者参加制度、量刑判断
表題
集団内の関係葛藤と課題葛藤: 誤認知の問題と対処行動に関する検討
著者
村山 綾(関西学院大学大学院文学研究科・応用心理科学研究センター)
三浦麻子(関西学院大学文学部)
要約
本研究では、集団内で認知される関係葛藤、課題葛藤に注目し、それらが双方に誤認知される可能性、及び葛藤状況による対処行動の選好の違いについて検討した。2種類の葛藤の程度を操作し、組み合わせた4種類のシナリオについて、大学生231名が(1)課題葛藤と関係葛藤を認知した程度、(2)当該シナリオにおける対処行動の選好、を回答した。分析の結果、関係葛藤と課題葛藤の両方が、もう一方の葛藤として誤認知される可能性が示された。また関係葛藤がより強く認知される状況では、課題葛藤がより強く認知される状況よりも対処行動の選好が回避的になることが示された。双方の葛藤がともに強く認知される混在状況では、関係葛藤と同程度に回避的な対処行動が選好された。認知される葛藤の程度によって対処行動の選好が異なる点について、情報処理に関する二重プロセス理論に基づいて議論した。
キーワード
集団内葛藤、関係葛藤、課題葛藤、誤認知、対処行動