第30巻 第3号 2015年3月 和文要約
- 表題
- 実在集団を用いた社会的アイデンティティ理論および閉ざされた一般互酬仮説の妥当性の検討:
広島東洋カープファンを対象とした場面想定法実験
- 著者
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中川 裕美(広島修道大学大学院人文科学研究科)
横田 晋大(総合研究大学院大学)
中西 大輔(広島修道大学人文学部)
- 要約
- 本研究の目的は、実在集団を対象としたシナリオ実験を通じて、対立する二つの内集団ひいきの説明原理の妥当性を検討することである。内集団ひいきは、社会的アイデンティティ理論 (SIT) では内集団との同一化、閉ざされた一般互酬仮説 (BGR) では他の内集団成員からの互恵性の期待から生じると予測される。先行研究では、実在集団を用いるとBGRを支持する知見は存在しない。そこで、本研究では、野球ファン117名を対象に援助場面を想定させた場面想定法実験を行った。実験では参加者と相手の集団所属性の知識の有無によって互恵性の期待を操作した。実験の結果、互いに相手の所属集団が分かる (互恵性の期待あり) 場面で、互いに分からない (互恵性の期待なし) 場面よりも協力的になり、BGRが支持された。また、一方的に相手の所属集団のみが分かる (互恵性の期待がないが同じ集団に所属) 場合でも、互いに分からない場面よりも協力的になり、SITも支持された。
- キーワード
- 内集団協力、社会的アイデンティティ理論、閉ざされた一般互酬仮説、実在集団
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- 表題
- 被拒絶場面における関係修復行動の促進要因としてのコミットメントと受容期待:媒介過程の差異と愛着傾向による調整過程
- 著者
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宮崎 弦太(立教大学現代心理学部)
池上 知子(大阪市立大学大学院文学研究科)
- 要約
- 関係へのコミットメントと関係相手に対する受容期待は被拒絶場面において関係修復行動を促進する。本研究は2つの要因の媒介過程の違いとその過程に対する愛着傾向の調整効果を検討した。178名の大学生が質問紙調査に参加し、愛着傾向、親友関係におけるコミットメントと受容期待、親友から拒絶されたときの感情と行動を測定する尺度に回答した。媒介分析の結果、コミットメントが関係修復行動に及ぼす影響は自己肯定感情によって部分的に媒介されていた。この媒介効果は愛着回避の強い人で認められなくなることも示された。受容期待については、愛着傾向にかかわらず直接効果のみが認められた。これらの結果は、被拒絶場面において関係修復行動を促進する複数のプロセスがあることを示唆している。これらの知見から被拒絶場面での関係修復メカニズムについて議論する。
- キーワード
- 社会的拒絶、関係修復行動、コミットメント、受容期待、愛着傾向
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- 表題
- 記述的規範と他者との相互作用が地震防災行動に及ぼす影響
- 著者
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尾崎 拓(同志社大学大学院心理学研究科)
中谷内 一也(同志社大学心理学部)
- 要約
- リスク認知の程度に応じて防災行動が生起する、という合理的な前提を見直す動きがリスク研究で注目されている。本研究では、予備実験においてこの前提の妥当性を確認し、さらに本実験で防災行動に及ぼす社会的影響を検討した。予備実験では、リスク認知を対処行動の主たる規定因とする防護動機理論が、実際の防災行動を説明するか検討した。リスク認知を含む防護動機理論変数の操作は成功し、防災行動に対する態度は変容したものの、実際の行動には結びつかなかった。そこで本実験では社会的影響として、多数派の動向についての情報である記述的規範と、非常食を他者と相互にやりとりできるという関係性の影響を検討した。その結果、記述的規範が防災行動を促進することが見出された。一方、記述的規範は態度や行動意図には影響しなかった。総合考察では、記述的規範が行動に対して直接影響することについて、意思決定の非意図的過程の側面から議論した。
- キーワード
- 防災行動、リスク認知、防護動機理論、記述的規範、同調
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- 表題
- 異性愛者のジェンダー自尊心と同性の同性愛者に対する態度
- 著者
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鈴木 文子(大阪市立大学大学院文学研究科)
池上 知子(大阪市立大学大学院文学研究科)
- 要約
- 男性異性愛者のゲイに対する否定的態度は、社会的アイデンティティ理論の枠組みから、男性としてのジェンダー自尊心を維持する方略であることがこれまでの研究で示唆されている。本研究は、日本でも異性愛者の同性の同性愛者に対する偏見には、そうした心理機制が働いているのか検討することを目的とした。その結果、男性異性愛者では先行研究と整合する結果が認められた。女性異性愛者においては、ジェンダー自尊心が高い者ほどレズビアンに肯定的になる関係が示され、また統計的には有意傾向にとどまるが、異性愛者と同性愛者が生物学的に同じであるといった情報を与えるとその関係が消失する可能性が窺われた。男性異性愛者はゲイに対して否定的態度を示すことでジェンダー自尊心を維持する。しかし、女性異性愛者はレズビアンを擁護すべき社会的マイノリティ集団としてとらえ、寛容的態度を示すことがジェンダー自尊心と関連している可能性が考えられる。
- キーワード
- 偏見、ゲイ、レズビアン、ジェンダー自尊心、社会的アイデンティティ
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- 表題
- 仲直りの進化社会心理学:価値ある関係仮説とコストのかかる謝罪
- 著者
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大坪 庸介(神戸大学大学院人文学研究科)
- 要約
- 本稿では、社会心理学的視点に進化論的な視点を統合することで、ヒトの仲直りプロセスについてのより良い理解を得ることを試みる。仲直りに関する進化論的研究では、パートナーとの関係から生じる利益(関係価値)とパートナーの意図に関する不確実性(意図の曖昧さ)の2つが、仲直り過程の重要な規定因であることが示唆されている。実証的証拠も、これら2つの変数の重要性を裏付けている。第1に、被害者の視点からの赦し研究では、関係価値が赦しを促進し、意図の曖昧さ(加害者が被害者を再び搾取するかもしれない)は赦しを抑制することが示されている。第2に、被害者の視点からの謝罪知覚の研究は、コストのかかる謝罪はコストのかからない謝罪と比べて、意図の曖昧さを軽減し、加害者が善良な意図を持っていることを被害者に効果的に納得させることを示している。第3に、加害者の視点から謝罪行動を検討した研究では、関係価値と意図の曖昧さ(被害者が関係を継続するか断ってしまうか)がコストのかかる謝罪を促進することが示されている。これら3つの研究は、ヒトの仲直りプロセスについての進化論的仮説を支持している。
- キーワード
- 仲直り、赦し、謝罪、価値ある関係仮説
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- 表題
- 答志島寝屋慣行の維持と変容:
社会生態学的視点に基づくエスノグラフィー
- 著者
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村本 由紀子(東京大学大学院人文社会系研究科)
遠藤 由美(関西大学社会学部)
- 要約
- 本研究は、答志島(答志地区)の伝統慣習についてのマイクロ・エスノグラフィーである。この島の長男たちは、中学を卒業すると数名単位で「寝屋子」となり、原則として26歳になるまでの毎夜、実の両親とは別に定めた「寝屋親」の家を訪れて寝泊まりする。その後も彼らの間には緊密な相互扶助関係が築かれ、一生涯にわたって継続する。類似の仕組みが日本各地からほとんど姿を消した今、寝屋慣行はなぜ答志地区にのみ残っているのだろうか。その理由を探るため、我々は島の人々を対象に、参与観察と非構造化面接を実施した。結果は、この地の生態環境の特質が当該慣行の発達に大きく関わっていることを示唆していた。また、近年の島民を取り巻く社会経済情勢の大きな変化にも関わらず、当該慣行は今も島民の共同体を持続可能にするうえで鍵となる役割を果たしていることも明らかとなった。これらを踏まえて本論文では、文化的慣習と多層的な環境との相互構成過程について論じる。
- キーワード
- 寝屋慣行、文化的慣習、社会生態学的アプローチ、社会環境、マイクロ・エスノグラフィー
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