第31巻 第1号 2015年8月 和文要約

表題
オンライン調査モニタのSatisficeに関する実験的研究
著者
三浦麻子(関西学院大学)
小林哲郎(国立情報学研究所)
要約
本研究は、オンライン調査におけるSatisfice―協力者が調査に際して応分の注意資源を割こうとしない回答行動―に注目し、教示や質問文を精読しなければ適切に回答できない調査を実施してその発生率や発生パタンを実験的に検討した。スクリーニング調査では教示文の精読を要する設問を、本調査では項目内容の精読を要する設問を用いてSatisfice傾向を検出した。調査会社2社で同一内容の調査を実施した結果、教示文の読み飛ばしによるSatisficeは非常に頻繁に生じることが示され、尺度項目の読み飛ばしによるSatisficeは相対的には少ないがその発生パタンには調査会社による違いが見られた。これらの結果は、Satisficeを防ぐための1つの方法を示唆するものであり、Satisfice傾向をもつ回答者をスクリーニングすることの功罪とも関連づけて論じられた。
キーワード
オンライン調査、モニタ、動機づけ、Satisfice、House effects
表題
できごとの頻度・危険度とそれに対する集団のレジリエンス
著者
尾関美喜(早稲田大学人間科学学術院)
米澤香那子(早稲田大学大学院人間科学研究科)
根ヶ山光一(早稲田大学人間科学学術院)
要約
本研究は、集団のレジリエンスを「個々の成員行動から成る一連のプロセスを通じてとらえられる、集団にとって望ましくない事態からの回復能力及び活動水準の維持能力」とし、大学の航空部を対象とした参与観察を通して、生じた問題の頻度と危険度に応じて、集団のレジリエンスの4つの下位概念(「悪いことが起きないようにする能力」「悪いことが悪化しないようにする能力」「起こってしまった悪いことからリカバリーする能力」「積極的に活動水準を維持する能力」)のいずれを用いるかが異なるかを検討した。この結果、「頻度高・危険度中」事例群については「未対応」が少ない傾向にあった。「頻度中・危険度高」事例群については、「積極的に訓練の活動水準を維持する能力」をもって事態に対処する場面が少なかった。「頻度高・危険度低」事例群においては「積極的に活動水準を維持する能力」をもって対処する場面が多く、「悪いことが起きないようにする能力」をもって対処する場面が少なかった。「頻度低・危険度中」事例群については、対応できないものが多かった。
キーワード
集団のレジリエンス、集団、安全、リスク
表題
男女カテゴリの顕現性が自己価値への脅威下におけるジェンダーに関する自動的偏見に及ぼす効果
著者
石井国雄(明治学院大学心理学部)
沼崎 誠(首都大学東京人文科学研究科)
要約
多くの研究は、自己価値への脅威を経験した人において、外集団に対する自動的偏見が増加することを示している。本研究は、男女カテゴリが顕現的とならない場合に、自己価値への脅威下におかれた男性における、ジェンダーに関する自動的偏見が低減することを検討した。本研究では、男女カテゴリの顕現性と脅威を操作し、評価プライミング課題を用いて、ジェンダーに関する自動的偏見を測定した。その結果、男女カテゴリを顕現化した条件においては、脅威を受けた男性は、女性のプライム後における肯定的概念の抑止が生じたが、男女カテゴリを顕現化しなかった条件においては、そうした影響は見られなかった。この結果は、内外集団カテゴリの顕現性を弱めることにより、脅威下における自動的偏見を低減させることができることを示している。
表題
貢献感と援助要請の関連に及ぼす互恵性規範の増幅効果
著者
橋本 剛(静岡大学人文社会科学部)
要約
互恵性規範は一般的に援助行動の促進要因とみなされることが多い。しかし、自己の他者に対する貢献が不十分であるにもかかわらず、過度に援助要請することは、互恵性規範から逸脱したフリーライダーと見なされて、他者からの否定的評価を招きかねない。そこで人々はそのような事態を予め回避するために、貢献感(他者のウェル・ビーイングに自身が貢献していると感じる程度)が低いほど援助要請を抑制しやすくなると推測されるので、貢献感と援助要請には正の関連があると仮説を立てた。さらに、それらの関連に対して互恵性規範の認知による増幅効果があり、集団の互恵性規範を強く認識するほど、貢献感が高ければ援助要請しやすく、貢献感が低ければ援助要請しにくくなる、という仮説を想定した。これらの仮説を検証するために、一般成人500名を対象として職場の対人関係に関するインターネット調査を実施した。分析の結果、仮説はいずれも基本的に支持された。
キーワード
援助行動、援助要請、互恵性、集団規範、貢献感
表題
組織コミットメントが組織学習に及ぼす影響について
著者
正木郁太郎(東京大学大学院人文社会系研究科)
村本由紀子(東京大学大学院人文社会系研究科)
要約
先行研究では組織コミットメントと「組織学習」の関連の重要性が指摘されているが、その詳細については明確な結論がない。従って本研究では、1) 組織学習の2因子構造(シングルループ学習とダブルループ学習)を区別して抽出すること、2) 組織学習と組織コミットメント(特に内在化要素;情緒的コミットメントの2つの下位因子のうちの1つ)との関係、という2つの内容を検討した。方法には東京でのランダムサンプリングに基づく調査データを用いた。その結果、組織学習の2因子構造が示唆され、組織コミットメントの内在化要素はシングルループ学習を促進し、ダブルループ学習は促進しないことが分かった。しかし、同様の効果は情緒的コミットメントのもう1つの下位因子である「愛着要素」では全く見られず、組織コミットメントの中でも集団との同一視が、組織学習の検討においては重要である可能性が示唆された。
キーワード
組織学習、組織コミットメント
表題
自由意志信念に関する実証研究のこれまでとこれから:哲学理論と実験哲学、社会心理学からの知見
著者
渡辺 匠(東京大学人文社会系研究科/日本学術振興会)
太田紘史(東京大学総合文化研究科/日本学術振興会)
唐沢かおり(東京大学人文社会系研究科)
要約
社会心理学者は近年、自由意志信念という問題について実証的な検討を始めている。自由意志の問題はもともと哲学者が長年取り組んできたものであり、自由意志信念に関する実証的検討も、自由意志に関する哲学理論のもとで成立している。一方で、哲学者は理論的検討にとどまらず、実験哲学という新たな研究プログラムを開始した。このプログラムは社会心理学と方法論を共有するものであり、自由意志信念に関する分析も急速に進展している。以上のことから、自由意志信念の問題について社会心理学が有意義な知見を生産するためには、哲学理論や実験哲学と協働して検討に当たることが必要不可欠だろう。そこで、本論文は各学問領域の成果を概観したうえで、自由意志信念に関するモデルを構築する。そこでは、人々の自由意志信念が他行為可能性と行為者性から構成されており、それらを通じて責任帰属や自己コントロール、社会への適合が促進されると提起する。
キーワード
自由意志、決定論、哲学理論、実験哲学、社会心理学