第36巻 第1号 2020年7月 和文要約

表題
自己概念は分化しているほど心理的に適応しているのか:
個人能動性レベルからの再検討
著者
杜  健(九州大学大学院人間環境学府)
加藤和生(九州大学大学院人間環境学研究院)
要約
自己概念分化度(SCD)と心理的適応との間にどのような関係があるのかが論争されてきたが、今までの実証研究では理論的な考えと一致する結果を得ていない。我々は、その原因が従来の研究においては「分化度」の側面のみに注目したためで、思考の仕方における体制化傾向の側面(抽象的・体制化 vs. 具体的・非体制化)を考慮することにより解決できると考えた。そこで、大学生320名(中国人)を対象に、SCD、体制化傾向を表す個人能動性レベル(LPA)、心理的適応を表す主観的幸福感(SWB)を測定する質問紙調査を実施した。その結果、SWBについてLPAとSCDの間に予想した有意な交互作用が見いだされた。そして、LPA低群ではSCDが高いほどSWBが低かった(負の相関)のに対して、LPA高群ではSCDが高いほどSWBが高かった(正の相関)。このことから、SCDと心理的適応との関係を正確に捉えるためには体制化思考傾向を考慮する必要があることが示唆された。
キーワード
自己概念分化度、個人能動性レベル、思考スタイル、心理的適応
表題
承認欲求と評価への恐れが社交不安に及ぼす影響
著者
吉澤 英里(環太平洋大学次世代教育学部)
要約
本研究では、承認欲求(賞賛獲得欲求、拒否回避欲求)および評価への恐れ(肯定的評価への恐れ: FPE、否定的評価への恐れ: FNE)が社交不安(対人交流に対する不安、対人交流場面における効力感の低さ)に与える影響を検討した。大学生を対象に質問紙調査を実施した。その結果、FPEとFNEから対人交流に対する不安への正のパスが有意であった。さらに、拒否回避欲求からFPE、FNEおよび対人交流に対する不安への正のパスが有意である一方、賞賛獲得欲求からFPEと対人交流に対する不安への負のパスが有意であった。加えて、賞賛獲得欲求から対人交流場面における効力感のなさへの負のパスが有意であった。これらの結果は、(1)承認欲求の一部である賞賛獲得欲求が社交不安と肯定的評価への恐れを低下させること、(2)賞賛獲得欲求は対人交流場面の自信と関連していることを示している。
キーワード
賞賛獲得欲求、拒否回避欲求、肯定的評価への恐れ、否定的評価への恐れ、社交不安
表題
クリティカルシンキングの能力および志向性が共感の正確さに及ぼす影響
著者
矢澤順根(広島大学人間社会科学研究科)
古川善也(広島大学人間社会科学研究科)
中島健一郎(広島大学人間社会科学研究科)
要約
クリティカルシンキングが対人関係においても有用となる可能性が指摘されているものの (e.g., 廣岡他, 2000)、これまではその可能性の主張にとどまり実証的な検討は行われてこなかった。本研究では、良好な対人関係の構築・維持にとって重要な要素となる共感の正確さに着目した上で、クリティカルシンキングとの関連を検証するために、クラウドソーシングサービスの登録者143名を対象としたWeb実験・調査を実施した。クリティカルシンキングの能力と志向性の測定には日本語版ワトソングレーザー批判的思考能力テストとクリティカルシンキング志向性尺度を、共感の正確さの測定にはアジア版まなざしから心を読むテストを用いた。関連変数として、体系的思考力を認知反射テストにより測定した。共感の正確さを目的変数とした重回帰分析の結果、クリティカルシンキング能力と共感の正確さに正の関連が認められた。一方、クリティカルシンキング志向性と体系的思考については共感の正確さとの間に関連は認められなかった。以上の結果は、非言語的情報を手掛かりとする場合の共感の正確さを高めるためには、クリティカルシンキング能力のうち特に推論能力が重要となる可能性を示唆している。
キーワード
クリティカルシンキング、共感の正確さ、体系的思考