第37巻 第1号 令和3年7月 和文要約
- 表題
- ダイバーシティ信念をめぐる多元的無知の様相:
職場におけるズレの知覚と誤知覚
- 著者
-
正木郁太郎(東京大学大学院人文社会系研究科)
村本由紀子(東京大学大学院人文社会系研究科)
- 要約
- 集団単位の調査データを用いて、ダイバーシティ信念に関する多元的無知の生起、ならびにそうした状態と関係葛藤との相関関係を分析した。企業の従業員は同僚のダイバーシティ信念を自身のダイバーシティ信念よりも低く見積もり、この誤推測が職場内の葛藤を導くのではないかとの仮説を立てた。日本に所在地を置く製造業の企業で働く514名を対象に調査を行い、1)自身のダイバーシティ信念、2)同僚のダイバーシティ信念の推測、3)関係葛藤と職務葛藤の程度をたずねた。仮説通り、同僚のダイバーシティ信念は自身の信念よりネガティブであると知覚され(ズレの知覚)、職場ごとに算出した同僚の実際のダイバーシティ信念の平均値よりもネガティブだった(誤知覚)。ズレの知覚と誤知覚の得点には一定の級内相関(rwg)がみられ、同じ職場の従業員は同程度のズレを知覚していた。また、より大きなズレを知覚する従業員ほど、より強い関係葛藤を感じていた。以上より、企業においてダイバーシティ信念に関する多元的無知が生じていること、またそれが関係葛藤の増大という帰結をもたらすことが示された。
- キーワード
- 多元的無知、ダイバーシティ信念、応答曲面分析
-
- 表題
- 関係流動性が日本人の英語Willingness to Communicateに与える影響
- 著者
-
伊藤健彦(東洋大学情報連携学部)
- 要約
- 本研究は、関係流動性が日本人の英語Willingness to Communicateに与える影響を検証した。従来の研究では、英語WTCに影響を与える要因として認知された英語コミュニケーション能力や性格特性などの個人内要因に着目しており、こうした要因がどのような社会環境要因によって影響されるのかが明らかではなかった。そこで本研究では、社会生態学的要因である関係流動性に着目した。まず予備調査では、日本人の英語WTCに影響すると考えられてきた個人内要因をWTCを予測するモデルに加えたところ、従来の研究どおり認知された英語コミュニケーション能力が最も強く正の効果を持つことが分かった。研究1では、大学生を対象とした質問紙調査によって、関係流動性が、認知された英語コミュニケーション能力を媒介して、英語WTCに正の影響を与えることが分かった。研究2では、異なる大学の学生を対象としたとしたところ、研究1の媒介結果が再現された。さらに関係流動性が、低下した評価懸念と増加した認知された英語コミュニケーション能力を通して、英語WTCを高めるのか検討したが、全体の間接効果は示されなかった。
- キーワード
- 関係流動性、Willingness to Communicate、英語、評価懸念
-
- 表題
- 分配の正義とリスク下の意思決定:効用モデルと瞳孔反応による検討
- 著者
-
小谷侑輝(北海道大学大学院文学研究科)
齋藤美松(株式会社ブレインパッド)
金 惠璘(東京大学大学院人文社会系研究科)
小川昭利(順天堂大学医学部)
上島淳史(東京大学大学院人文社会系研究科)
亀田達也(東京大学大学院人文社会系研究科)
- 要約
- 分配に関する正義は盛んに議論されてきたが、規範的理論と現実行動との関係の理解は不十分である。本研究は、ロールズの道徳的議論の経験的基盤を検討する目的で、分配は最不遇状態への自発的関心を通じ、リスク下の意思決定と心理的に関係するという仮説を検証した。本研究はKameda et al. (2016) を拡張し、第三者としての社会的分配と自己のためのリスク選択に、自己の社会的位置を知らない状況で自分に影響する分配を行う「無知のヴェール」課題を加え、意思決定中の生理的喚起を測定した。分析の結果、社会的分配とリスク決定の間に相関が見られ、マキシミン分配を支持する参加者はマキシミンギャンブルを好んだ。またこの相関は、無知のヴェール課題における選択に統計的に媒介されていた。さらに生理的喚起と結びつく瞳孔拡張がこれらの効果に関連していた。一連の結果は、ロールズの規範論が想定したように、分配とリスク下の意思決定がヒトの心の中で結びついていることを示唆する。
- キーワード
- 分配の正義、リスク下の意思決定、マキシミン、無知のヴェール、瞳孔拡張
-
- 表題
- 多様な精神障害に対する人々の認知:
ステレオタイプ内容モデルに着目して
- 著者
-
清水佑輔(東京大学)
橋本剛明(東京大学)
唐沢かおり(東京大学)
- 要約
- 精神障害者に対するネガティブなステレオタイプは、患者に対して多くの悪影響を及ぼすという背景を踏まえ、多様な障害を一括りに総称した「精神障害」という対象へのステレオタイプが主に検討されてきた。しかし、それぞれの障害に対して異なるステレオタイプが保持されている可能性があるが、日本では十分に検討されてこなかった。よって本研究では、8つの精神障害と、これらを一括りに総称した「精神障害」に対するステレオタイプを、ステレオタイプ内容モデルを用いて整理した。その結果、それぞれの障害に対して異なるステレオタイプが保持され、有能さおよび温かさと、多様な認知的側面 (責任帰属、危険さ、深刻さ等) との間にも、障害ごとで異なる関連性が見られた。それぞれの精神障害に対して異なるステレオタイプが保持される原因を考察し、今後の研究において、個別の障害に対するステレオタイプを検討していくことの重要性を示唆した。
- キーワード
- 精神障害、ステレオタイプ内容モデル、否定的態度、認知、責任帰属
-
- 表題
- 信頼行動における社会的交換ヒューリスティック仮説の探索的検討
- 著者
-
仁科国之(高知工科大学経済・マネジメント学群)
三船恒裕(高知工科大学経済・マネジメント学群)
- 要約
- 本研究では社会的交換ヒューリスティック(SEH)仮説が信頼行動にも適用できるかを探索的に検討した。囚人のジレンマゲーム(PDG)を用いた先行研究では、意思決定前に相互作用相手が決まっている相手既定条件では、その相手が決まっていない相手未定条件よりも協力率が高まる結果が得られており、SEH仮説が支持されている。一方で、SEH仮説はPDG以外の経済ゲームではほとんど検討されておらず、協力行動以外の行動を説明できるか否かは未解明のままである。そこで本研究では、SEH仮説を信頼ゲーム(TG)と分配委任ゲーム(FG)を用いて検証した。オンライン実験で相手既定・未定を操作した結果、TGでもFGでも信頼行動において操作の影響は見られなかった。一方、PDGを用いた同様のオンライン実験の結果、相手既定条件の方が相手未定条件よりも協力率が高まった。これらの結果は、TGとFGではSEHが働かない可能性を示唆している。
- キーワード
- 協力、社会的交換ヒューリスティック、信頼ゲーム、分配委任ゲーム
-
- 表題
- シニア世代の社会活動継続を支えるうれしい言葉の検討
- 著者
-
有吉美恵(聖カタリナ大学人間健康福祉学部)
錦谷まりこ(九州大学病院メディカル・インフォメーションセンター/コロンビア大学ウェザーヘッド東アジア研究所)
- 要約
- 本研究は、企業組織の最前線からリタイアするシニア世代の社会及び労働市場における積極的な参加について、努力と報酬の不均衡性が寄与することに着目し、社会活動の継続に関係する要因に、他者から受ける言葉がどのように関係しているかを明らかにすることを目的としている。社会活動に参加しているシニア世代およびプレシニア世代104名を対象とし、これまでもらったうれしい言葉について自由記述を求めるとともに質問調査を行った。KH Coderを用いたテキストマイニングおよび分析の結果、報酬がある場合とない場合とでは特徴語に違いが見られた。報酬がある場合には働きや行動そのものを評価する言葉が特徴語として見られた。一方、報酬がない場合は、個人の存在そのものに注目した言葉が特徴語として見られた。このことは、シニア世代の活動について、金銭的な報酬よりも態度や行動そのものに注目し称えることの重要性を示唆している。
- キーワード
- 努力–報酬不均衡性、対応分析、社会規範と市場規範、離職意図、存在の尊重
-