2015年にNHK Eテレで放送された「大心理学実験」(2015.1.1),「大心理学実験2」(2015.4.30)に関連する情報をまとめたページです.内容は,三浦麻子(関西学院大学文学部;広報委員)が番組を見て独自に作成したもので,内容に間違いはおそらくありませんが,企画・制作者とのコンタクトや日本社会心理学会の学会によるオーサライズはありません.その旨ご承知ください.なお,本ページ作成にあたり,樋口匡貴さん(上智大学総合人間科学部)と中西大輔さん(広島修道大学人文学部)に文献情報の提供などご協力を賜りました.記して感謝いたします.
大心理学実験
//番組サイトからの引用ここから//
複雑そうに見える人の心って、意外に簡単な方法でわかるかも?
これまで世界中の心理学者たちは、アイデアあふれるユニークで華麗な実験手法を次々と編み出し、人の心についての解明に挑み続けてきました。この番組は、心理学者たちが編み出してきた数々のユニークな心理実験をテレビ的にショーアップし、大規模に再現します。
トラックと綱引きをすることで、人が無意識に手抜きをしてしまうことが確かめられます。またサクラを使ったちょっと意地悪な実験で、他人に同調してしまう様子が明らかに。また簡単な方法で同調しなくなる方法もお伝えします。さらに100人もの人たちを使った実験で、人の印象がどこでどのように決まるのかなどもわかります。
さまざまな心理実験を行うことで人の心の意外なしくみが明らかになります。職場や学校、恋愛や友情など、良好な社会生活を送るうえで役立つ情報が満載です!!
//番組サイトからの引用ここまで//
デブリーフィングとデセプション
番組で紹介されたどの実験にも共通しているのが,当初は参加者に実験の「真の目的」を伝えず,実験終了後に初めてそれを伝える,という手続きです.前者が「デセプション deception(騙す)」,後者が「デブリーフィング debriefing(真の目的を伝える)」と呼ばれ,社会心理学の実験ではよく行われます.社会心理学は,人が置かれる状況を操作する(変化させる)ことによって生じる態度や行動の変化を知ることに関心があります.しかし,参加者が,状況が「操作されている」ことを知ってしまうことは,それはそれで態度や行動を変化させてしまうでしょう.デセプションは,真の目的を伝えることによって参加者に実験参加に対する「構え」が生じてしまい,それが結果に影響することを避けるために必要な手続きなのです.しかし,当然参加者を「騙したまま」で実験を終えてはいけません.必ず,デセプションが行われたこと,それが必要であったことについて丁寧に説明してから,データ使用について承諾を得る手続きが必要とされます.社会心理学の実験は,こうした手続きが行われて初めて研究として成立します.また,研究実施前には,大学や研究機関における倫理審査を受け,デセプションが必要以上に参加者の心身に影響を与えないものであること,不快であれば途中で離脱する自由が保障されていること,誠実なデブリーフィングが行われることなどが第三者によって確認される決まりにもなっています.
Episode 1 「社会的手抜き」 Social loafing
人が増えれば増えただけ力は発揮されるのか?
(放送で紹介された研究)
- Ringelmann, M. (1913). Recherches sur les moteurs animés: Travail de l’homme. [Research on animate sources of power: The work of man] Annales de l’Institut National Agronomique, 2nd series, 12, 1-40. リンク先は原典(フランス語).
1人で綱引きをした時に綱を引く力の強さを100%だとすると,2人で綱を引いた時の1人当たりの力は93%,3人で85%,8人になると一人当たり49%にまで減少した.
(放送された実験の内容)
筋骨隆々の屈強な男性5名に「トラック引きの挑戦」とだけ伝えて実験に参加してもらう.個人単位の引っ張る力を測定するとは告げない(デセプション).
1人ずつ引いた場合 93.1,107.2,83.5,105.6,141.7kg→平均は106kg
ロープを3本に増やし,3人で引いた場合→平均は100.2kg 1人ずつの場合の94%に減少
ロープを5本に増やし,5人で引いた場合→平均は97.9kg もっと手を抜いた!
別の5人(大学のサッカー部員)でもう1回試してみたが,1人ずつ引いた場合よりも5人で引いた場合の方がやはり平均値が低下していた.
→集団で暮らすのに最適なように進化した私たちは,人に頼ったり,責任が分散したりすることで,集団だと手を抜くことを覚えた.
では,綱引きを究めた,綱引き連盟の人たちだとどうだろう?
1人ずつ→3人→5人と試してみると,ほとんど1人あたりの力は低減しなかった!さすがは綱引きのエキスパートは手抜きとは無縁のようす.
→社会的手抜きが起こりそうな状況でも,課題に習熟した,その課題のための技能向上に努力している人たちは手抜きをしない.
普通の人でも手抜きを防ぐ方法は? チアリーダーが登場.綱引き中に応援してくれました.すると…?
筋骨隆々組をチアリーダーたちが「がんばれ!がんばれ!」と応援すると?→5人でも1人ずつの時とほぼ同程度の力を出した!
サッカー部員で「特定の1人だけ名前を呼んで応援」すると?→その部員だけ手抜きをせず頑張ったが,他の部員はもっと手を抜いてしまった…
→社会的手抜きが起こりそうな状況でも,モチベーションが維持されると手抜きをしない.
最後に実験の真の目的を説明し,実は1人当たりの引く力を測定していたことをお知らせし(デブリーフィング),参加者の皆さんに感謝しました.
(関連する研究)
アメリカの心理学者ビブ・ラタネは社会的手抜きに関する実証的な研究論文を多数出版しています.例えば下記の論文では「大声を出す」課題が用いられています.
- Latane, B., Williams, K., & Harkins, S. (1979). Many hands make light the work: The causes and consequences of social loafing. Journal of Personality and Social Psychology, 37(6), 822-832.
集団の方がはかどる!つまり「社会的促進」(Social facilitation)の研究もあります.比較的簡単な課題だと,誰かに見守られていたり,一緒に同じことをする人がいると,作業が促進されるという知見が見いだされています.何にせよ,人間は一人でいる状況と集団の一員となる状況では,異なる態度や行動を示すことがよくあります.まさに「状況の力」であるといえるでしょう.
- Zajonc, R. B. (1965). Social facilitation. Research Center for Group Dynamics, Institute for Social Research, University of Michigan.
(関連する書籍)
- 釘原 直樹 (2013). 人はなぜ集団になると怠けるのか-「社会的手抜き」の心理学. 中央公論新社.
Episode 2 「印象形成」 impression formation
どこで決まる?人の印象.
(放送で紹介された研究)
- Kelley, H. H. (1950). The warm‐cold variable in first impressions of persons. Journal of Personality, 18(4), 431-439.
大学の新任教員のプロフィールを「性格があたたかい/つめたい」だけが異なる2種類作り,初講義前に学生にどちらかを読ませる.すると講義を聴いた後の教員に対する印象が事前に与えられた紹介文の内容に応じて異なった.その後の受講態度の積極性にも違いが見られ,「あたたかい」と教示された学生の方が熱心だった.
(放送された実験の内容)
100名の大学生を対象に大教室で実験.もちろん実験の真の目的は伝えないし,配布されているプロフィールが教室内で異なることも伝えない(デセプション).
文庫本「こころ」を朗読する女性の動画を視聴させる前に,教室の左右で異なるプロフィールを配布する.プロフィールの内容は「左:人によって態度を変えたりしない/右:人によって態度を変える」のみが異なる.視聴後,印象評定を求める.
Q1「誠実な印象を受けたか」 左で「そう思う」が多く(右の倍以上),右では「あまりそう思わない」が多い.
Q2「魅力的だと感じたか」 左の方が「魅力的に感じる」という回答が多かった.
他にも,1箇所だけプロフィールを変えたいろいろな人物の刺激映像を見せ,いろいろな項目で印象評定を求めた.
→事前に読んだプロフィール情報によって差が見られ,刺激映像は同じなのに,好ましい情報を事前に聞いている方が好印象だった.
では,プロフィールに文章ではなく,顔写真を使うとどうだろうか?笑顔と愛想のない顔(真顔)で差は見られるか?
→笑顔写真を配布された学生の方がより好印象を抱いていた.
最後にデブリーフィング.事前情報が印象形成に与える影響に関する実験だったこと,左右で渡したプロフィール情報が異なっていたことを告げ,見比べてもらった.
→少ない情報からできるだけ多くの情報を推測できるように進化した私たち.恋愛でも仕事でも,相手に会う前から勝負は始まっているのかも?笑顔もお忘れなく!
(関連する研究)
印象形成の研究でもっとも古典的かつ影響力が大きかったのは,Episode 3でも登場するソロモン・アッシュの研究でしょう.比較的わかりやすい解説がここやここにあります.
- Asch, S. E. (1946). Forming impressions of personality. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 41(3), 258-290.
Episode 3 「同調」 conformity
人に合わせて注文したり,欲しくもないのについ買ってしまったり…なぜそんなことをしちゃうの?
(放送で紹介された研究)
- Asch, S. E. (1951). Effects of group pressure upon the modification and distortion of judgments. Groups, Leadership, and Men, pp. 222-236.
- Asch, S. E. (1956). Studies of independence and conformity: I. A minority of one against a unanimous majority. Psychological Monographs: General and Applied, 70(9), 1-70.
一同に介した集団を対象に,ある線分と「同じ線分の長さ」を答えさせる.一目見て正解は明らかな状況でも,他の人たちが同じ誤答をすると,それに引きずられて正答を言わない(同調する)場合がかなり多い.
YouTubeにも,アッシュの実験を再現した動画があります.
(放送された実験の内容)
男女9名が一部屋に集められる.うち8名はサクラ.1名だけが何も知らない「真の実験参加者」(デセプション).アッシュの実験と同様に線分の長さを順に答えてもらう.
1回目はサクラも全員正解を答える.しかし2回目からは,サクラは全員「同じ」「誤答」をする.真の実験参加者は8番目に答える.
その他にもいろいろなパターンの課題を順に答えさせた.
→最初の実験参加者は,9問中7問で誤答に同調してしまった.同様に「真の実験参加者」7名で実験したが,1問でも同調した人は5名いた.
しかし,同じ9名集団による実験で,1人だけでも「同調しない」人が出現するとどうなるか?
→先ほどの実験で9問中7問も同調してしまった彼も,他の7名に同調せず,「自分の思う」「正解」を言えた.
デブリーフィングで他の8名がサクラだったと聞かされた実験参加者.驚きつつも「自分の思うことを言っていいのか悪いのか戸惑い,他のみんながどこかに言ってしまいそうな感覚に陥った」と告白.違う意見の人もいる,ということがわかる状況だと自分の意見も言っていいんだな,と思えたそうです.
→「空気を読む」同調行動は集団を維持するためにはある意味自然な行動.しかし時には長いものにも巻かれないことも大事.
→1人でも違う意見の人がいると,状況は一変した.つまり,小さな声でも,あれば届く.そんな世界がいいよね.
(関連する研究)
アッシュの実験は世界各国で様々な追試がおこなわれていますが,そのうちの1つがこちらです.
- Larsen, K. S. (1990). The Asch conformity experiment: Replication and transhistorical comparisons. Journal of Social Behavior & Personality, 5(4), 163-168.
独立独歩の気風の高いアメリカでさえ同調がこれだけ見られるのだから日本ではどうなのか?という質問もよく受けます.日本との比較研究は例えば以下のようなものがあります.
- Williams, T. P., & Sogon, S. (1984). Group composition and conforming behavior in Japanese students. Japanese Psychological Research, 26(4), 231-234.
- Takano, Y., & Sogon, S. (2008). Are Japanese more collectivistic than Americans? Examining conformity in in-groups and the reference-group effect. Journal of Cross-Cultural Psychology, 39(3), 237-250.
他にもたくさん,社会心理学実験!
今回紹介された3つの実験以外にも,印象的な社会心理学の実験はたくさんあります.例えば下記の書籍には,それらがわかりやすく紹介されています.
- 山岸俊男(監修) (2011). 徹底図解-社会心理学―歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで. 新星出版社. ★山岸先生はこの番組の監修もなさっています.
- 岡本浩一 (1986). 社会心理学ショート・ショート-実験で解く心の謎. 新曜社.
- 誠信書房から刊行されていた対人社会心理学重要研究集(全7巻)も,幅広いテーマに関する社会心理学実験が豊富かつ詳細に紹介されているのですが,残念ながら1巻,4巻,5巻以外は品切れ・重版未定です.しかし,とても良質な内容なので,図書館等で蔵書があれば是非にとお勧めします.社会的手抜きの研究(Latane et al., 1979)は1巻,印象形成の研究(Kelley, 1950 と Asch, 1946)は5巻,同調の研究(Asch, 1951)は1巻に掲載されています.多分,これをコンパクトにしたのが,図説社会心理学入門だと思われます(未見です).
わかるようでわからないものも実験したらわかることがある.もっと知りたい人の心!
大心理学実験2
//番組サイトからの引用ここから//
複雑そうに見える人の心って、意外に簡単な方法でわかるかも?
これまで世界中の心理学者たちは、アイディアあふれるユニークで華麗な実験手法を次々と編み出し、人の心についての解明に挑み続けてきました。この番組は、心理学者たちが編み出してきた数々のユニークな心理実験をテレビ的にショーアップし、大規模に再現します。
今回、番組では視聴者達に関心の高い恋愛やプレッシャーなどをテーマにします。参考にした実験は何が人をドキドキさせ恋愛感情を生む出すのかを解明しようとしたダットンとアロンの吊り橋実験。極度の緊張感はパフォーマンスを高めるのか低下させるのか?ということを解明しようとしたロバート・ヤーキーズが行ったプレッシャーに関する実験。さまざまな心理実験を行うことで人の心の意外なしくみが明らかになります。今回の職場や学校、恋愛や友情など。良好な社会生活を送るうえで役立つ情報が満載です!!
//番組サイトからの引用ここまで//
Episode 1 「恋愛」
恋心はどのように生まれるのか?
(放送で紹介された研究)
- Dutton, D. G., & Aron, A. P. (1974). Some evidence for heightened sexual attraction under conditions of high anxiety. Journal of Personality and Social Psychology, 30(4), 510-517. のStudy 1
実験参加者は,カナダ・バンクーバー近郊のカピラノ橋(写真上)かその近くにある木製の小橋を渡っている男子学生79名.1人で橋を渡ってきた男子学生に,橋の中央で女子学生が実験協力の依頼をし,連絡先として電話番号を書いたメモを渡そうとする.渡したメモを受け取った人数と,事後にその番号に電話をかけてきた人数に,橋の種類(吊り橋と固定橋)による違いがあるかどうかを検討した.その結果,電話番号を受け取った人数と橋の種類には関連がなく,電話した人数と橋の種類に関連があった.固定橋の場合は電話番号を受け取った16名のうち実際に電話してきた人数はたったの2名(13%)だったが,吊り橋だと18名中9名(50%)が電話をかけてきた.ダットンとアロンはこの結果を,吊り橋の途中で女性に遭遇した男性は,揺れる橋を渡ることによって生じていた心拍数の増加をその女性への恋心による胸の高鳴りだと解釈(誤って原因を帰属)したものだと解釈した.恋はかくも単純に生じるのだ…
(放送された実験の内容)
日本の有名な吊り橋といえば奈良県十津川村にある谷瀬の吊り橋(写真下).ゆらゆら揺れる吊り橋で可愛い女の子に突然「写真撮ってもらってもいいですか?」と話しかけられたら…
実験1 参加者は男性,声をかけるのは女性(ダットンとアロンの実験と同じ)
参加者には,景色が人間の心理にどのような影響を与えるかを調べている,と偽りの目的を伝え,橋を渡る前と吊り橋上で心拍数を計測する.
橋の上に女性が立ち,通りかかった男性に「たまたま」という雰囲気で「写真撮ってくれませんか?」と声をかける.男性,快く応じる.
男性が渡り終わったときに,他の実験者が数枚の写真(動物,若い男性,若い女性など)を見せて,0~10で直感的に評価することを求める.その中に先ほど写真撮影を求めた女性の写真が入っている.これがターゲット.恋心を抱いていたら,評価は高くなるはず.
吊り橋条件:15名の平均 7.4点
では,頑丈な橋なら?と京都嵐山の渡月橋で実験:15名の平均 6.7点
→吊り橋上で撮影を依頼された時の方が女性に対する好感度が高い!
実験2 では男女を逆にするとどうなるのか?というわけで参加者は女性,声をかけるのは男性
吊り橋条件:7名の平均 4.9点
頑丈な橋条件:7名の平均 6.4点
→なんと男女で傾向が逆で,吊り橋の方が点数が低い!
※橋を渡った後に見せた写真の中には,異性ではない写真(同性や動物)と,ターゲットとは異なる同性の写真(男性が参加者の場合は,ターゲットの女性は普通に服を着た上半身の写真,もう1枚はビキニ姿でセクシーポーズをとる女性の全身写真)が含まれていました.もしターゲットの異性がとくに好まれていたなら,「他の写真と比べて」+「特に,もう1枚の同性の写真と比べて」高い評価を得ているはずです.本来は,吊り橋条件と頑丈な橋条件の比較に加えて,こうした比較検討も行わないと結論を出すことはできませんが,番組では上記情報のみに簡略化されていました.
女性には恋の吊り橋効果はないのか?いや,ジェットコースターやお化け屋敷で恋に落ちるというエピソードはよく聴くではないか.今回の実験状況との違いは何か? ひょっとすると,二人で一緒にドキドキを楽しむといいのか?
実験3 広々とした公園で男性と女性が一緒に散歩する状況をセッティング
目的を「公園で散歩する男女を撮影すること」と説明し,心拍計はつけてもらう.
コース1 ただ二人でぐるっと1周歩いて回るだけ
- これは,心拍数がことさらに増加しない,普通の状況.「心拍数が増加した状態で女性はどうなるか?」を知るためには,この状況と比較して,心拍数を増加させた群がどうなるか,という差を議論するのが基本です.こうした条件を「統制」条件といいます.
コース2 途中で突然「早く最初の場所に戻れ」と指示を出し,一緒に走らせる(心拍数を増加させる群)
ターゲットとなるのは女性の男性に対する好感度.これを測るために,散歩前後にベンチに座ってもらい,散歩後に女性が男性にどれだけ近づくかを計測する(男性はサクラで,前後ともに同じ位置に座る).
ある参加者の例:
- コース1 散歩前 女性の心拍数は70,男女の距離 150cm → 散歩後 女性の心拍数は92,男女の距離 115cm
- コース2 散歩前 男女の距離 90cm → 散歩後 女性の心拍数は151,男女の距離 105cm …あれれ?かえって離れてる??
→8名(コース1を3名,コース2を5名)の参加者で実験したけど,距離は縮まったり広がったりと結果はバラバラだった.ということは,女性は男性と違って,ドキドキしても恋にはつながらないのか?
しかし,ベンチに座っている男女を撮影したビデオを仔細に観察すると興味深いことがわかった.
歩いただけの女性は,事後にベンチに座ったときに男性をあまり見ない(回数をカウントすると平均11回,見つめた時間の合計を計測すると16秒)のだが,走った女性はよく見ていた(同25回,62秒)のである.物理的な距離は縮まらなかったけれど,心理的な距離は近づいている,かも?男性ほど「わかりやすく」ないのが女心なのでしょうか.そういえば,思い当たることがいろいろと…
そして,デブリーフィング.必ず真の目的「心理学の実験だったんです」をきちんと説明します.
(関連する研究)
- Schacter, S. & Singer, J. E. (1962). Cognitive, social, and physiological determinants of emotional state. Psychological Review, 69, 379-399.
- われわれは,同じ生理的変化(ドキドキ)を経験した際に,別の情動反応(怒りや喜び)が生じる場合がある.それは,両者の間に認知的評価.,つまり生理的変化の原因をどう認知するか.という「原因帰属」が介在しているからである,という「情動の2要因理論」を実験室実験で検証した研究.「吊り橋実験」はこの理論を実際の社会現場(フィールド)で実験的に検討したものであるといえる.
- Dutton, D. G., & Aron, A. (1989). Romantic attraction and generalized liking for others who are sources of conflict-based arousal. Canadian Journal of Behavioural Science/Revue canadienne des sciences du comportement, 21(3), 246-257.
- 同じ生理的喚起をどのような情動だと解釈するかが男女で異なることを示した研究.
(関連する書籍)
- 心理学ふしぎふしぎ 「Q39.心理学の法則ってどのぐらい確かなものですか?:吊り橋効果」(公益社団法人日本心理学会)
Episode 2 「プレッシャー」
スピーチや面接の時のいやぁなプレッシャー,どうしたら勝てる?
「絶対失敗できない!」そんな時,簡単な方法でプレッシャーを克服!
(放送で紹介された研究)
- Yerkes, R. M., & Dodson, J. D. (1908). The relation of strength of stimulus to rapidity of habit‐formation. Journal of Comparative Neurology and Psychology, 18(5), 459-482. ヤーキーズ(Wikipedia記事)
プレッシャーが強まると徐々に成果は上がる.ところが,強すぎると成果は下がり始める.つまり縦軸に成果,横軸にプレッシャーの強さをとるグラフを描くと,その形は逆U字型になる.これをヤーキース・ドットソンの法則という.
(放送された実験の内容)
明星大学の男子バスケットボール部員にNHKのスタジオに来てもらい,実験に参加してもらう.
参加してくれるのは1~3年生の10名の部員.フリースローをする様子を撮影する.1人6本ずつスロー.
心拍計をつけて心拍数でプレッシャーの強さを計測する.
条件1 プレッシャー低
練習と伝え,和やかな雰囲気でお手並み拝見.10名の心拍数は平均101と平常よりはややドキドキ,くらい.フリースローの成功率は平均83%.ほどよいプレッシャーがかかっていると,普段の試合よりいい成績.
条件2 プレッシャー高
チャレンジする選手にスポットライトを当て,応援団の女性たちが黄色い声で声援.大注目されている!10名の心拍数は平均120,フリースローの成功率72%.高いプレッシャー状況下では,パフォーマンスは下がってしまった…
プレッシャーが強くなると何が起こって失敗しやすくなるのか?
ハイスピードカメラで撮影した画像で検証すると,手首の角度が小さくなり,ボールが離れるタイミングが遅くなっていることがわかった.身体の動きが小さくなったりタイミングがずれたりすることが,失敗につながるらしい.
条件3 プレッシャーmax
悪役俳優が番組プロデューサーを演じる.フリースローのパフォーマンスが低下したことが不満そうで,もっとパーフェクト出さないと放送できない!真面目にやれ!と荒れまくるため,一挙に重苦しく緊張した雰囲気に.すると,心拍数の平均は115とむしろ条件2よりも低下し,フリースローの成功率は80%となった.プレッシャーが強すぎて下がるかと思ったらむしろ回復している!
選手にインタビューすると,「一番試合に近い雰囲気になって集中力が高まった」「決めなくちゃマズイと思った」といった声が.条件2ではにやにやしていた選手もきりりと引き締まった表情をしていた.
では,どうすればプレッシャーを克服できるのか?
ゴールに「簡単に集中を高められる秘策」仕掛けを施し,ふたたび条件2でトライしてみた.条件2でダメだった3名の学生たちの成功数がそれぞれ+2になった!つまり,プレッシャーが失敗につながりませんでした.
その仕掛けは「Quiet eye」ゴール板に目を取り付けて,トライ前にそれを1秒間見つめさせる.人間は,プレッシャーがかかると危険を避けるためきょろきょろし,注意が散漫になる.それが失敗につながる.意識して一点を見つめると集中力が高まり,実力を回復する.というメカニズム.サッカーのPKなどでも成果が出ているそうです.
※ただし,この実験では4つの条件を「同じ参加者」に「全員同じ順序で」「続けて」やってもらっているため,そのことが結果に影響をおよぼしている(つまりだんだん慣れてきて成功率が高まっている)可能性は排除できません.
そして,最後は必ずデブリーフィング.偽りを伝えていた(演技をしていた人がいた)ことについてきちんと真実を明かす必要があります.本物のプロデューサーが出現し,黄色い声の応援も嘘だった,と伝えます.
(関連する研究)
Quiet eyeテクニック関連
- Vine, S. J., & Wilson, M. R. (2010). Quiet eye training: effects on learning and performance under pressure. Journal of Applied Sport Psychology, 22(4), 361-376. 関連動画
- Vine, S. J., Moore, L. J., & Wilson, M. R. (2014). Quiet eye training: The acquisition, refinement and resilient performance of targeting skills.European Journal of Sport Science, 14(sup1), S235-S242.
- Quiet eyeテクニックに関するレビュー(複数の研究をまとめてこれまでの成果と今後の展望をまとめた)論文
- 水﨑佑毅・中本浩揮・森司朗 (2013). バスケットボール非熟練者を対象とした Quiet Eye トレーニング時の視覚遮蔽がフリースローの正確性に及ぼす影響 鹿屋体育大学学術研究紀要, 47, 21-28.
- 日本でバスケットボールを対象に実施された研究
他にもたくさん,社会心理学実験!
今回紹介された3つの実験以外にも,印象的な社会心理学の実験はたくさんあります.例えば下記の書籍には,それらがわかりやすく紹介されています.
- 金政祐司(監修) (2015). あの人の心を読み取る 他人の心理学. ナツメ社.