集団はいかに危機を乗り越えるのか?



尾関美喜・米澤香那子・根ヶ山光一 (2015).
できごとの頻度・危険度とそれに対する集団のレジリエンス
社会心理学研究 第31巻第1号
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集団はいかに危機を乗り越えるのか?

組織や集団は常に順風満帆とは限らない。
リーマン・ショックであったり,天災であったり,社員の発注ミスであったり,望ましくない出来事に少なからず直面する。
だからこそ,集団には危機を乗り越える力が求められる。


このような危機状態から回復し,乗り越える力は「レジリエンス」と呼ばれ,近年注目を集めている概念である。


従来の研究では,レジリエンスは個人的な特性や行動として扱われることが多かった。
しかし,この論文の著者・尾関氏らは,個人単位の危機対処能力が高いだけでは,集団全体が適切に問題に対処できるわけではないと考えた。


そこで,集団そのものに備わった素質として集団のレジリエンスを捉え,メンバーが連携を取りながら集団全体で問題に対処するプロセスの検討に取り組んだ。


参与観察により大学航空部での問題対処事例を検討

集団のレジリエンスを検討するために,尾関氏らは,グライダー競技の訓練を行う大学航空部を対象に選んだ。


グライダー競技の訓練では,ちょっとしたミスが重大な事故に繋がりかねない。事故を起こさず高いパフォーマンスを発揮するには,パイロットと地上クルーの適切な連携が必要となる。まさに集団での問題対処が求められる格好の対象であろう。


3日間の観察を行うことにより,グライダー訓練中に生じた問題の事例を収集し,航空部という集団がどのようにレジリエンスを発揮し,問題に対処したのかを評価した。


問題対処行動は危険度と頻度により異なる

集団のレジリエンスの要素として,

  • 悪いことが起きないようにする能力
  • 悪いことが悪化しないようにする能力
  • 起こってしまった悪いことからリカバリーする能力
  • 積極的に活動水準を維持する能力

の4つを想定した。
そして,トラブルに際しての部員の行動がどれに当たるかを分類したところ,事態の頻度と危険度によってどの能力が発揮されるかが異なることが示された。


一例としては,「発生頻度が高く,危険度が中程度の問題に対しては,未対応が少なかった」ことが示された。著者らは,頻繁に経験することが多く,対処の仕方が身についているためだろうと解釈している。
それ以外の詳細はぜひ元の論文をお読みいただきたい。


上でも述べたが,対象は大学の部活動ではあるものの,航空部の活動は事故リスクが高いため,観察対象としやすいと同時に,集団によるリスク対処の現場としても優れた事例だといえる。
そのため,この研究の知見は一般の職場状況などでの集団のレジリエンスを考える際にも,大いに示唆に富むものだといえるだろう。


(Written by 縄田健悟)


第一著者・尾関美喜氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
先行研究では、集団のレジリエンスを、個人単位には還元されない概念としていながらも、個人の認知・信念・期待や、個人単位の問題対処能力ないし個人行動で集団のレジリエンスをとらえてしまっていたという問題がありました。

このような問題に対し、本研究では、集団のレジリエンスを、個人行動の積み重ねから成るプロセスを単位とすることで、個人単位からの脱却を試みた点に特徴があります。

また、近年の社会心理学における集団研究では数少ない、参与観察を用いた研究であることも、本研究の特徴です。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
参与観察法を用いることで、即時即応的な集団のレジリエンスのあり方を、実証性の高いとらえ方で示すことができたと考えています。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
データ収集においては、行ってみるまでトラブルが起きるかどうかがわからない点でした。

論文執筆に際しては、心理学と安全工学のレジリエンスのとらえ方の違いを統合する点に苦労しました。

最も苦労したのは、両者を統合したうえでの、一個人単位に還元されない集団のレジリエンスの定義や説明の仕方、提示の仕方でした。査読者の先生方のコメントに最終的には助けられた部分が多々ありました。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
第二著者の米澤は、学部生時代に所属していた部活が存続の危機から強豪校になるまでの過程を経験しており、「集団にとっての危機から(劇的に)回復できる集団に備わっている性質は何なのか」ということに興味を持っていました。

そんな彼女がみつけてきた概念が「集団のレジリエンス」です。


研究の実施に際し、「フィールドワークに強い根ヶ山研究室に所属している強みを活かして、あえて観察法でやりたい」という彼女の発想を買い、参与観察で集団のレジリエンスをとらえる研究になりました。


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