組織を変化させるための学習
現状維持ではなく,進んで変化が求められる時代において,組織をどう活性化させ,変革していけばよいのでしょうか。この論文の第一のキーワードは組織学習であり,シングルループ学習とダブルループ学習という二つの行動が挙げられています。シングルループ学習とは既存の組織の価値や規範を維持しながら組織を成長させていこうとすることで,ダブルループ学習とはそれまでの価値や規範から脱却して新たな行動を目指すことです。第二のキーワードは個人と集団との関係性(結びつき)としての重要な要因である組織コミットメントです。その中でこの研究が焦点を当てているのは組織への情緒的な側面(感情的コミットメント)と,組織から離れることのコストに関する側面(存続的コミットメント)の二つです。
この研究では,二種類の組織的コミットメントが二種類の組織学習に及ぼす影響を検討しています。感情的コミットメントは,特に個人と組織との価値の一致に基づく結びつき(内在化要素)の点で,シングルループ学習を促進させる一方で,ダブルループ学習を抑制させるのではないか。一方,組織に留まるとする組織的コミットメントは,シングルループ学習もダブルループ学習も抑制させるのではないか。さらに職務への裁量の多少により, 臨時雇用の社員(パートやアルバイト等)は, 裁量権の大きい正社員ほどダブルループ学習を志向しないのではないか。以上がこの論文の仮説です。自分の価値に一致した組織であれば,その価値や規範を生かして良い組織にしていきたいけれど,そうした価値を壊してしまうような改革は望まれないというのは,なるほど経験的にも理解でき,興味深いところです。
組織へのかかわり,組織への働きかけ
この仮説の検証は,無作為に選ばれた東京都に在住する20~49歳男女600名を対象に行われた意識調査の分析により行われました。調査は組織行動の他にもメディアの利用頻度や政治意識などについても調べられており,回答した126名のうち,職に就いている97名が本研究の分析対象となりました。関連する調査項目を仮説にもとづいて整理し,組織コミットメントと組織学習との間の因果関係の分析を行ったところ,おおむね仮説は支持されました。しかし,感情コミットメントの内在化要素(組織の価値との一致にかかわる側面)の効果は明らかになりませんでした。
組織の変革に対して個人がどうかかわっていくのか。社会心理学における集団研究でも長らく研究が進められてきた分野でありますが,変化が求められる実社会での組織のあり方への提言として,シンプルな問いの中に学べることが多くあることをこの研究は訴えているのではないでしょうか。具体的な組織を対象とした経営組織論やグループダイナミックス研究では個別の組織を対象としたケーススタディを通じて組織学習や組織コミットメントの知見が積み上げられています。その一方,この研究では組織に属する一般の人々に,それぞれが属する組織とのかかわりを尋ねながら,個人にとっての組織とのかかわりを解き明かそうとしています。しかしながら,感情的コミットメントの価値的な側面と組織学習の関係はまだ十分に明らかになっていないようです。組織の価値に個人があわせていくような関係から,個人の価値にあわせて組織をどう変革していけばよいのでしょうか。残された課題の解明にも期待が高まりますが,個々の読者も自身が所属する組織との関係を考え問題を発見するヒントもいくつも見出すことができるでしょう。
(Written by 杉浦淳吉)
第一著者・正木郁太郎氏へのメール・インタビュー
●正木郁太郎氏Webサイト:https://sites.google.com/site/ikutaromasaki430/