「裸の王様」のメカニズムを実験で検証



岩谷舟真・村本由紀子 (2015).
多元的無知の先行因とその帰結:個人の認知・行動的側面の実験的検討
社会心理学研究 第31巻第2号
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裸の王様はどうして「裸だ」と言われないのか

「裸の王様」の物語はご存じだろうか。


本当は王様の服は誰にも見えていないにもかかわらず,「バカ」と思われるのが嫌なので,みんな王様の服を褒めてしまう。結果的に,「みんなには王様の服が見えている」と思ってしまって,だれも「王様は裸」とは言えない状態になってしまう。
このような状態を,専門的には「多元的無知」と呼ぶ。


社会心理学では,多元的無知を「集団の多くの成員が,自らは集団規範を受け入れていないにもかかわらず,他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状態」と定義されている。そして多元的無知は,実際は嫌々行っていても,行動を見た人から見れば「みんなは規範を受け入れている」と思われてしまうことによって,「嫌だ」とはいえない状態がさらに維持されてしまうという特徴がある。


本論文では,この「多元的無知が維持されるメカニズム」に焦点を当てようとしている。それでは,この多元的無知はどうして生じてしまうのだろうか?そして,それを解消する方法はないのだろうか?


「多元的無知」の心理メカニズム

多元的無知は,どのようなプロセスで生じるのだろうか。


本論文では,多元的無知の先行因となる心理プロセスとして二段階あることを指摘している。
一つは,他者はたとえそれを嫌々行っていたとしても,その人がそれをしたくて行ったのだろう,と思う認知バイアス(対応バイアス)のことである。もう一つのプロセスは,自分が嫌でも,「みんなはそれが好きだ」と思い込むと,みんなの好みに合わせて行動してしまうというものである。この二つのプロセスによって,本当はみんなが嫌々行っていることでも,みんなはそれが好きでやっていると思い込み(段階1),それに合わせて嫌々行動してしまう(段階2)という状態が引き起こされてしまう。


また,それに加えて本論文では多元的無知の帰結についても注目している。
多元的無知が生じた後,人々は当初は嫌々した行動も,だんだん嫌でなくなって好きでやるようになるのではないか。これは認知的不協和理論で説明される現象である。つまり,自分の意志に反する行動を続けるのは苦痛なので,その行動を好きになることでその苦痛を解消しようというわけである。本論文では,このプロセスが多元的無知の解消の糸口になるのではないかと考えているのである。


これらの心理プロセスを実験で再現しよう,というのが本論文の狙いである。


実験で多元的無知を再現する

多元的無知の心理プロセスを検証するため,3つの仮説を設定している。
仮説1.他者がたとえ嫌々選択したものであっても,それを積極的に選択したものであると判断するだろう。
仮説2.仮説1のとおりに判断した場合,自分の好みではなくても,相手の好みに合わせて行動するだろう。
仮説3.仮説2のとおりに行動した場合,のちにその選択をより好むように態度を変化させるだろう。


本論文ではこの仮説を実験的に検討するために,洗練された実験計画を立てている。ここでは紙面の都合でごく簡単にしか説明できないので,ぜひ論文を直接読んでみてほしい。ミニマルな多元的無知状況を実験で再現するための工夫が凝らされている。


実験ではグミを使って,「人の好みの形成の実験」と嘘の教示を参加者に行った。実験結果のエッセンスだけを述べると以下のようになる。実験参加者は,自分が好きではないグミを嫌々選択した状況であっても,相手が同じグミを選択した場合に「相手がそのグミを好んで選択した」と思いやすい(仮説1)。そして,相手がそのグミを好んで選択したと思った参加者ほど,相手の好みに合わせた行動を実際に行った(グミをお土産として選択した)(仮説2)。さらに,そのように行動した参加者は,その後,当初好きではなかったグミをより好むようになった(仮説3)。


このように,見事に実験で多元的無知を構築し,仮説が支持されることを明らかにしたのである。


マクロな現象とミクロな実験をつなげる理論

本論文は,非常にミニマルな実験状況を用いて多元的無知の心理プロセスを明らかにした。後述の著者のインタビューにもあるように,この結果だけを見れば「ミクロな心理現象」についての研究のように見える。


しかし,本論文でも指摘されているように,近年では「文化の維持と再生産」というマクロな社会現象を理解する鍵としても,多元的無知が注目されている。多元的無知の発生メカニズムを知ることは,社会の規範や文化がなぜ維持され続けるのかを知るための,基礎的かつ重要な知見となりえるのである。そして,規範や文化といったマクロな対象を実験の土壌にのせるためには,現象を抽象化させ,エッセンスのみを取り出す必要が生じる。それを可能にするのが,「理論」である。


本論文では,文化心理学における,一見異なる主張をしている二つの理論を,実験結果から巧みに結びつける論理を展開している。一言で言えば,多元的無知によって生じる「信念が支える維持メカニズム」と,多元的無知の帰結により生じる「選好の内在化による維持メカニズム」の二つのプロセスに注目することで,二つの文化心理学理論の橋渡しを目指そうとした点がとても意欲的で,興味深い。今後の研究の発展が楽しみである。

(Written by 清水裕士)


第一著者・岩谷舟真氏へのメールインタビュー

・この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
 注目して頂きたいポイントは、本研究がどのように考察されているかという点です。本研究の方法・結果の部分だけを見ると、対応バイアスや認知的不協和といったマイクロな話とお思いになるかもしれません。しかし、私は、本研究は規範や文化といったマクロな文脈にこそ位置づけられる研究であると捉えています。文化における2つのメタ理論にまで視野を広げつつ本研究を考察している点に、とりわけ注目して頂けると幸いです。

・研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
 苦労した点は、裸の王様状態を実験室に再現すること、言い換えれば「自分はしたくないけど、他の人はしたいだろうから、渋々何かをする」という状態を、実験的に作りだすことです。そして、実験的に裸の王様状態を作り出すメソッドを、論文の形式で分かりやすくまとめることにも大変苦労しました。

・この研究テーマを選ばれたきっかけは?
 学部時代に比較教育社会学のゼミを受けていた際に「予言の自己成就」という概念に出会い、それと関係する卒業論文を書きたい旨を指導教官にご相談したところ、「文化に関する文脈で多元的無知という現象がある」というお話を頂き、それを深く掘っていくことになった、という流れで、この研究テーマにいたりました。
ただ、普段から「どうして、このルールに従わないといけないのだろう」と思う自分と、「とはいえ、従わないといけないのだろう」と思う自分との間で葛藤することがあり、(多くの場合、後者の自分が勝る)、このような経験が自分を多元的無知というテーマに導いたのかもしれません。

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