「みんなが戦ってくれるなら・・・」:集団間葛藤時の少数派同調



中西大輔・横田晋大 (2016).
集団間葛藤時における内集団協力と頻度依存傾向:
少数派同調を導入した進化シミュレーションによる思考実験

社会心理学研究 第31巻第3号
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進化シミュレーション研究とは?

人の協力傾向がどのように進化してきたのか,という問いは心理学以外でも興味が持たれるテーマである。


人は協力的だけれども,ただ単にお人よしのように協力するような人は,非協力的な人にだまされてしまうだろう。なぜなら,人に協力せず,自分だけまわりから助けられる人のほうが生き残る確率が高くなると考えられるからである。つまり,無条件に協力するような遺伝子は進化するとは考えにくい。では,人はなぜ他者に協力的に振る舞うようになったのだろうか?


この問いに「実証的」に答えるためには,進化のプロセスを実験する必要がある。しかし,ヒトという種が誕生してから現在までを実験することは当然不可能である。数十万年という長い進化の月日に比べて,実験者の寿命は短すぎるからである。


そこで使えるのがコンピュータを用いたシミュレーション研究である。人が生まれ,相互作用をし,子どもを産んで死んでいく,というプロセスを数千世代くりかえしていくと,どのような遺伝子や行動傾向が生き残るのか。そういった進化のプロセスをコンピュータ内でシミュレーションすることで,人がどのような論理で協力的な傾向を身につけたかを知ることができる。このような手法を特に「進化シミュレーション」と呼ぶ。


本論文では,この進化シミュレーションという方法を用いて研究を行っている。よって,調査や実験研究のように,実証的データを使っているわけではない。


集団間葛藤と多数派同調

本論文の前身となる研究は,横田・中西(2012)の論文であり,同じく進化シミュレーションを用いたものである。まず簡単に先行研究について触れておこう。


多層淘汰理論によれば,人の協力の背後には,集団間の葛藤(戦争など)が激しい環境があったと考えられる。それは,仮に協力しない傾向のほうが協力する傾向に比べて個人的には適応的であったとしても,非協力的な人ばかりの集団は戦争時にも協力しないので負けてしまい,全滅してしまうだろう。よって,集団間の葛藤が激しい状況では協力的な集団が有利になり,結果,協力的な個人が多くなるだろう,という論理である。


横田・中西(2012)はここからさらに,多数派同調の傾向に注目した。多数派同調とは,「ほかの人が協力していたら,自分も協力する」,逆に「ほかの人が協力しないなら,自分も協力しない」ことである。そして,シミュレーションの結果,集団間葛藤が激しくなるほど多数派同調の傾向がより有利になることを明らかにしたのである。つまり,戦争がはげしくなると,「ほかの人が協力しているなら自分も協力する」,という形で内集団に対する協力が増える,ということである。


みんなが協力してるなら,僕ぐらいは協力しなくてもいい?

本研究は,横田・中西(2012)のシミュレーション結果から新たに出てきた問いに答える形で行われている。それは,「みんなが協力しているなら,僕ぐらいは協力しなくてもいいんじゃない?」という少数派同調の傾向は,集団間葛藤の激しさや内集団協力とどのような関係にあるだろうか?という問いである。同じ頻度依存戦略(ほかの人の行動によって行動を変える戦略)でも,多数派同調と少数派同調にはどのような違いがあるのだろうか。


論文では,少数派同調は多数派同調とは逆に,集団間葛藤が激しくないときに,つまりみんなが100%協力しなくても集団が全滅しないような状況において,「みんなが協力しているなら自分ぐらい協力しなくても・・・」という戦略が有利になりうるだろうと予測された。


そして実際にシミュレーションを行った結果,予想通り,少数派同調は集団間葛藤が激しくなるにつれ少なくなるという結果が得られた。しかし,少数派同調は,集団間葛藤がはげしくても一定数は存在することが示された。また,少数派同調者がいることによって内集団への協力率は下げられてしまうことも明らかとなったのである。


シミュレーション研究の可能性

著者のインタビューに対する回答にもあるように,実証研究と異なり,コンピュータシミュレーションを用いる本手法は現実社会とのつながりという点で疑問を投げかけられることもある。しかし,人の協力傾向がいかにして進化したのかをさぐるため,あるいは進化の論理に基づく「仮説の妥当性のチェック」を行うために,シミュレーション研究が有効な手法であることは間違いない。横田・中西(2012)および本論文は,そのような有効性を見事に活用して見せたよい例であるといえよう。


もちろん,シミュレーションの結果のみですべてが解決するわけではない。本論文でも最後に指摘されているように,今後,本論文によって生まれた仮説を実験などで検証することが求められるだろう。


引用文献
横田晋大・中西大輔 (2012). 集団間葛藤時における内集団協力と頻度依存傾向:進化シミュレーションによる思考実験 社会心理学研究, 27(2), 75-82.

(Written by 清水裕士)

中西大輔氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
内集団への協力は、外集団との葛藤が強くなるほど促進されるということ、集団間葛藤が、内集団への協力行動のみならず、同調行動にも影響を与えるという点に注目していただきたいです。
内集団の多数派を模倣する行動は内集団への協力率を上昇させますが、逆に内集団の少数派を模倣する行動は協力率を下げてしまうことが分かりました。少数派同調行動は集団の協力率を下げる一方で、個人としては利益を得ることができるというところがこの研究のポイントです (個人としては適応基盤があるけれど、マクロに「よい状態」をもたらすわけではない)。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
内集団ひいきという社会心理学でもよく扱われる現象を、一人一人の心理傾向という点ではなく、社会的環境への適応という観点から捉える点です。特に、シミュレーションを用いることで、内集団ひいきにおけるマイクロ・マクロ・ダイナミクスを記述することを意識しました。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
この研究はシミュレーション研究で、いわゆる「実証研究」ではありません。こうしたモデルが実際の人間の行動をどの程度説明することができるか、常に疑問を持ち続けています。現実との関係という点が最も苦労する点です。社会心理学者としては、「これはモデルであって現実は関係ない」と言い切れないところがつらいところです。
また、もう一点、苦労とは言えないかもしれませんが、ぼんやりと思っていることは、シミュレーションというのは「次善の策」として採っているにすぎないということです。本当はシンプルな数理モデルで表現できるような美しいモデルを作るべきだという意見もあるかと思います。しかし、シミュレーションはそうした数理モデルで表現される結果の近似になるし、数学的素養が十分でなくても、少しプログラムについて勉強すれば誰にでも行うことができます。天才には数理モデルもシミュレーションも必要がないかもしれません。この論文のタイトルに「思考実験」とあるのはそういう意味です。シミュレーションはそうした天才ではない凡庸な研究者の理論構築の苦労を少しは低減してくれる方法論だと考えています。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
この研究は横田・中西 (2012) の追試です。先行研究も進化シミュレーションでしたが、他者の情報を得た場合に多数派を模倣するとの前提が気になっていました。実際、場面想定法実験をしてみると、少数派に同調する者もいることが分かりました。もちろんシミュレーションは現実と一致する必要はないのですが、少数派に同調する傾向を入れたらシミュレーションの結果が大きく変わるのではないか、という懸念があったため、このテーマでさらに研究を進めてみようと思いました。

5)その他、プレスリリースに掲載を希望する内容がございましたら、ご自由にお書きください。
シミュレーション研究は「オタク研究」に陥りがちなので、そうなっていないかどうかは読者に委ねるしかないのですが、こうした仮説導出型の研究がこの分野の多くの実証研究に刺激を与えることができればうれしく思います。
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