110番通報のコミュニケーション
事故だ!事件だ!というとき,まずすべきことの1つは警察への110番通報である。
110番通報は警察へと事件や事故の情報を伝える第一歩目である。そのため,事件や事故の被害拡大を防ぎ,犯人を迅速に検挙するために110番通報は重要だといえる。
110番通報は通常のコミュニケーションとは異なる特徴を持っている。緊急性が高いこと,市民と専門家(警察官)が情報をやり取りすること,電話越しに複雑な状況説明を行う必要があることなどである。こういった状況でも,正確かつ迅速に警察に通報を行うことが求められるという点で,難しいコミュニケーションだといえる。
しかしながら,110番通報のコミュニケーションの心理学研究はこれまで行われてこなかったと本論文の著者らは述べている。正確かつ迅速に110番通報を行うためには,何が必要になるのだろうか。
模擬実験場面での検討
「ということで110番通報を実験してみよう」のが社会心理学者らしい研究の仕方だろう。実験というと小難しく聞こえるかもしれないが,「実際に人間にやってもらってどうなっているのか調べる」というものである。
とはいえ,もちろん本当に110番通報をすると,警察の業務の妨げになってしまう。
今回の研究では,目の前でひったくりに出くわしたという仮想的な模擬場面を題材に, 大学生たちに通報者役と警察官役を演じてもらった。この通報の会話の中で,通報役から警察役へと適切かつ迅速に情報が伝えられているのかを調べるとともに,どのようなコミュニケーションが行われているのか検討を行った。
実験の結果
警察官役への聞き取りテストの結果では,正答は全体の53%にとどまった。
誤答は3%と少なかったが,無回答が44%と多かった。つまり,警察官役は,半分近くの情報をきちんと理解できていなかった。
その背景には,通報者役側の要因として,通報役が多くの情報を省略して伝えることや,誤って伝えてしまうことが挙げられた。また,警察官役側の要因としても,通報者が正しく伝えた知識を適切に把握できない場合もあった。つまり,110番場面の情報伝達ミスは,通報者も警察官役もどちらにも原因がありうることが示された。
また,あいづちや復唱,確認などの言語行動は,伝達情報の正確性を高める一方で,同時に会話時間も増大させていた。つまり,正確性を高めようとあいづちや復唱,確認を行うと,反対に迅速性は失われてしまう。
では,迅速性と正確性とを両立させるにはどうしたらよいのだろうか。
両者をともに考慮した指標である「一正答あたりの会話時間の短さ」と関連が見られたのは,「警察官からの質問に対して,通報者が適切に回答する」という構造で会話ができていることであった。
この結果から,警察官が適切に会話をコントロールして,聴取手順に沿って質問を行い,それに市民が回答するという聴取りに際しての段取りを共有しておくことの重要性を著者らは指摘している。
大阪教育大学附属池田小学校での小学生の無差別殺傷事件では, 110番通報に時間がかかり,救命活動が遅れたそうだ。第一著者である豊沢氏は,大阪教育大学の学校危機メンタルサポートセンターに所属しておられ,このセンターはこの事件を受けて設立されたものであるという。豊沢氏は,このセンターに着任後,社会心理学者としてどのような貢献ができるかを考えたことが,本研究の着想に至った経緯だと述べている。
事件や事故に際しては,その直後の適切な対処が被害の拡大を防ぐ。110番通報は,その中の重要な対処行動の1つである。本研究のような社会心理学研究を積み重ねることは,一歩ずつでも着実に社会を改善していくことに貢献していくに違いない。
(Written by 縄田健悟)
第一著者・豊沢純子氏へのメールインタビュー