コミュニケーションって上手くなるの?



毛新華・大坊郁夫 (2016).
中国文化要素が配慮された社会的スキル・トレーニングプログラムの効果:中国人大学生の自他評価からみた意識と行動の変化を中心とする検討
社会心理学研究 第32巻第1号

Written by 清水裕士広報委員会
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社会的スキルはトレーニングできる?

「社会ではコミュニケーション能力が必要!」


就職活動や営業,大学生活,さまざまな場面で聞くセリフだ。私達が社会でうまく生きていくためには,コミュニケーションが上手いに越したことはないだろう。しかし,コミュニケーションって上手くなるのだろうか?


社会心理学では,コミュニケーション能力のことを「社会的スキル」と呼ぶ。
社会的スキルは,本論文では「対人関係を円滑に運ぶために役立つスキル」と定義されている。いわゆるコミュニケーション能力という言葉よりはやや広い意味を持つが,同様の概念であると考えて問題ないだろう。そして,重要な点は,社会的スキルは「トレーニング可能」という点にある。社会的スキルをトレーニングするプログラムのことを,社会的スキル・トレーニング(Social Skill Training, SST)と呼ぶ。コミュニケーションに悩む人々にとって,SSTは大きな希望となるかもしれない。


本論文では,このSSTを実際に研究上で行おうというものである。なぜ研究としてSSTを扱うかといえば,2つの理由がある。


1つは,実験計画法という心理学が得意とする方法によって「本当にSSTによって社会的スキルが向上するのか?」ということを実証的に示すためである。本研究では実験という形で,つまり「スキルに関連するトレーニングを実施していないグループ」と「トレーニングを実施したグループ」である実験群との比較によって,SSTが本当に効果をもつのかどうかを検討したことが大きな特徴となっている。またそれ以外にも,自己評価だけではなく他者評価を,尺度だけではなく行動指標も用いて社会的スキルを測定するといった,従来のSSTでは十分に検討されて来なかった問題点を改善し,SSTの効果を実験的に検討することが目指されているのである。


もう1つの理由は,SSTに文化的な要素を導入するという目的があるからである。この目的が,本論文の本質と言っても過言ではない。次の節で詳しく解説しよう。


文化と社会的スキル

本研究では,社会的スキル・トレーニングに,文化的要素を導入している点が特徴だ。それでは,なぜ文化的要素を導入する必要があるのだろうか。


社会心理学,コミュニケーション学における理論では,社会的スキルはその文化や環境によって異なる機能を持ちうることが議論されてきた。たとえばアメリカ文化では自分の意見を主張することは重要とされるが,日本ではむしろ主張するのではなく,聞き手が察することが重要とされることがある。このように,文化によって「何が有効なスキルか」が異なっているのである。そのように考えると,社会的スキルはある特定の行動ができるようになればスキルが高くなる,というだけではなく,そのスキルを発揮することで相手から好意的に評価されるといった成果を得て初めて,実効性を発揮すると考えられる。こうした成果を得ることを著者は「環境に機能する」と呼んでいる。


本論文では,この「環境に機能するスキル」をトレーニングするために,文化的要素をSSTに導入しようと試みた。そこで中国文化と日本文化を比較しつつ,毛・大坊(2012)を参考に,中国文化特有のスキルを向上させるSSTプログラムを作成し,その効果を検証しようというわけだ。著者の先行研究で作成されてきた中国文化特有のスキルを測定する尺度として,「相手の面子を大事にする」ことや,「他者とのつながり(中国ではguanxiという)を積極的に拡大すること」といったものがあり,これらの得点が特に向上することが予測されている。


社会的スキルは向上する!

さて,社会的スキルは向上したのだろうか?


結論から言えば,中国文化に関するいくつかの尺度や行動指標において,統制群(スキルとは関係ない作業をしたグループ)よりも,実験群(SSTを行ったグループ)のほうが,スキル得点が向上した。つまり,SSTはやはり効果があったのだ!


また,強い効果がなかった指標についても,もともと社会的スキルが低かった人には顕著な効果が見られている。つまり,もともとコミュニケーションが苦手な人にこそ,SSTは効果があるというのだ。なお,日本文化に特有のスキルについても,もともとスキルが低かった人についてはいくつかの指標で向上が見られていた。この点について,著者は文化的なスキルの弁別については本研究では課題が残ったとの考察を行っている。


本研究では,先行研究(毛・大坊, 2012)よりも短時間で行えるSSTプログラムを用いていた。それにもかかわらず多くの指標で効果が見られたことは,本研究の重要な貢献の一つ言えるだろう。一方で,短縮版トレーニングの効果の持続性については著者もこれからも検討が必要であることを強調している。


コミュニケーション能力の向上をうたう本やセミナーは巷に溢れている。しかし,本研究で行われているような厳密な実験計画に基づいて効果が検証されたもの,またその知見によって改良が続けられているものは,非常に少ないのではないだろうか。また,文化特有のスキルに注目した,「より環境にあったスキル」を向上させるトレーニングの開発は,今後さらに重要性が増してくるだろう。ますますの研究の発展が期待される。


引用文献
毛新華・大坊郁夫(2012).中国文化の要素を考慮した社会的スキル・トレーニングのプログラムの開発および効果の検討 パーソナリティ研究,21, 23-39.


第一著者・毛 新華(Xinhua MAO)氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
本研究では、タイトルで強調しているように、まず、社会的スキル・トレーニング(SST)に文化的要素を導入しました。そして、実験計画法に則って、より厳密な統制群も設置しました。さらに、従来の研究ではSSTの効果評価に「参加者による意識変化の自己評価」のみを用いていましたが、本研究ではそれに「観察者による行動変化の他者評価」を加えました。精度の高い実験を通して、先行研究(毛・大坊, 2012)に続き、文化的要素の効果を検証しました。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
本研究は、一連の複雑な実験手続きを踏まえて完成しました。スクリーニングテストによる参加者募集にしろ、SST自体の実施や観察実験にしろ、どれも細心の注意を払わなければならない作業でした。このような細かい作業はいかに限られている時間の中で正確に実施するかというところに工夫しました。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
この実験自体のために、日本と中国の間を3回ほど往復しました。しかし、先行する研究を固めるために、両国の間を10回以上を往復しました。当時、家族から、「あなたは航空会社の売上に大いに貢献したね」と言われた記憶がまだ新しい。さらに、SST・観察実験を含めて、実験参加者の人数は多かったため、いかに計画通りに実験を実施するかというマネジメント能力も随分鍛えられたと思います。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
中国から日本に留学してきた当初、日本語で苦労しなかった代わりに、「日本人との付き合いが難しい」としみじみ感じました。この経験がこの研究テーマを選んだきっかけではないかと思います。これをきっかけに、「文化」の力について深く掘り下げたいと考えました。中国人と日本人の付き合いを本格的に考える前に、中国人同士の人付き合いに関する文化的要素を明らかにしようとして、本研究を含めた一連の研究を行いました。これから、日本人と中国人という異文化的人付き合いについて、本研究で検討した文化的要素を活用し、少しでも解明に向けて力を入れたいと考えています。

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■文責 日本社会心理学会・広報委員会