社会的スキルはトレーニングできる?
「社会ではコミュニケーション能力が必要!」
就職活動や営業,大学生活,さまざまな場面で聞くセリフだ。私達が社会でうまく生きていくためには,コミュニケーションが上手いに越したことはないだろう。しかし,コミュニケーションって上手くなるのだろうか?
社会心理学では,コミュニケーション能力のことを「社会的スキル」と呼ぶ。
社会的スキルは,本論文では「対人関係を円滑に運ぶために役立つスキル」と定義されている。いわゆるコミュニケーション能力という言葉よりはやや広い意味を持つが,同様の概念であると考えて問題ないだろう。そして,重要な点は,社会的スキルは「トレーニング可能」という点にある。社会的スキルをトレーニングするプログラムのことを,社会的スキル・トレーニング(Social Skill Training, SST)と呼ぶ。コミュニケーションに悩む人々にとって,SSTは大きな希望となるかもしれない。
本論文では,このSSTを実際に研究上で行おうというものである。なぜ研究としてSSTを扱うかといえば,2つの理由がある。
1つは,実験計画法という心理学が得意とする方法によって「本当にSSTによって社会的スキルが向上するのか?」ということを実証的に示すためである。本研究では実験という形で,つまり「スキルに関連するトレーニングを実施していないグループ」と「トレーニングを実施したグループ」である実験群との比較によって,SSTが本当に効果をもつのかどうかを検討したことが大きな特徴となっている。またそれ以外にも,自己評価だけではなく他者評価を,尺度だけではなく行動指標も用いて社会的スキルを測定するといった,従来のSSTでは十分に検討されて来なかった問題点を改善し,SSTの効果を実験的に検討することが目指されているのである。
もう1つの理由は,SSTに文化的な要素を導入するという目的があるからである。この目的が,本論文の本質と言っても過言ではない。次の節で詳しく解説しよう。
文化と社会的スキル
本研究では,社会的スキル・トレーニングに,文化的要素を導入している点が特徴だ。それでは,なぜ文化的要素を導入する必要があるのだろうか。
社会心理学,コミュニケーション学における理論では,社会的スキルはその文化や環境によって異なる機能を持ちうることが議論されてきた。たとえばアメリカ文化では自分の意見を主張することは重要とされるが,日本ではむしろ主張するのではなく,聞き手が察することが重要とされることがある。このように,文化によって「何が有効なスキルか」が異なっているのである。そのように考えると,社会的スキルはある特定の行動ができるようになればスキルが高くなる,というだけではなく,そのスキルを発揮することで相手から好意的に評価されるといった成果を得て初めて,実効性を発揮すると考えられる。こうした成果を得ることを著者は「環境に機能する」と呼んでいる。
本論文では,この「環境に機能するスキル」をトレーニングするために,文化的要素をSSTに導入しようと試みた。そこで中国文化と日本文化を比較しつつ,毛・大坊(2012)を参考に,中国文化特有のスキルを向上させるSSTプログラムを作成し,その効果を検証しようというわけだ。著者の先行研究で作成されてきた中国文化特有のスキルを測定する尺度として,「相手の面子を大事にする」ことや,「他者とのつながり(中国ではguanxiという)を積極的に拡大すること」といったものがあり,これらの得点が特に向上することが予測されている。
社会的スキルは向上する!
さて,社会的スキルは向上したのだろうか?
結論から言えば,中国文化に関するいくつかの尺度や行動指標において,統制群(スキルとは関係ない作業をしたグループ)よりも,実験群(SSTを行ったグループ)のほうが,スキル得点が向上した。つまり,SSTはやはり効果があったのだ!
また,強い効果がなかった指標についても,もともと社会的スキルが低かった人には顕著な効果が見られている。つまり,もともとコミュニケーションが苦手な人にこそ,SSTは効果があるというのだ。なお,日本文化に特有のスキルについても,もともとスキルが低かった人についてはいくつかの指標で向上が見られていた。この点について,著者は文化的なスキルの弁別については本研究では課題が残ったとの考察を行っている。
本研究では,先行研究(毛・大坊, 2012)よりも短時間で行えるSSTプログラムを用いていた。それにもかかわらず多くの指標で効果が見られたことは,本研究の重要な貢献の一つ言えるだろう。一方で,短縮版トレーニングの効果の持続性については著者もこれからも検討が必要であることを強調している。
コミュニケーション能力の向上をうたう本やセミナーは巷に溢れている。しかし,本研究で行われているような厳密な実験計画に基づいて効果が検証されたもの,またその知見によって改良が続けられているものは,非常に少ないのではないだろうか。また,文化特有のスキルに注目した,「より環境にあったスキル」を向上させるトレーニングの開発は,今後さらに重要性が増してくるだろう。ますますの研究の発展が期待される。
引用文献
毛新華・大坊郁夫(2012).中国文化の要素を考慮した社会的スキル・トレーニングのプログラムの開発および効果の検討 パーソナリティ研究,21, 23-39.
第一著者・毛 新華(Xinhua MAO)氏へのメール・インタビュー