潜在的な心の状態を測定する
心理学では,態度を心理尺度で測定することが多い。たとえば自尊心や,どの政党を支持するかといった政治的態度といった心の状態は,「あなたは ~と思いますか」という質問に対して,「当てはまる」「当てはまらない」といった言葉を用いた質問によって測定を行う。
しかし,ときには言葉を用いた質問は,意識によるフィルターがかかることによって偏ったり,上手く測定できなかったりすることもある。差別意識などを測定しようと思っても,「私は差別をしている」と答える人なんて(本当に差別的な人でも)なかなかいない。人々はたとえその回答が他人に見られないとわかっていても,社会的の望ましくない回答を避け,周りから期待されているような回答をしたくなるものなのだ。
そこで開発された手法が,「潜在的態度」を測定するImplicit Association Test(以下IAT)と呼ばれるものだ。IATは意識によるフィルターをできるだけ避け,その人が無意識に形成している態度を測定しようと試みる。たとえば日本人は「自分は価値がある」とはなかなか言い出せないので,顕在的な自尊心の得点(心理尺度による測定)では他の国よりも低くなりがちでも,潜在的な自尊心の得点(IATによる測定)では違いがないことなどが示されたりしている(Yamaguchi et al., 2007)。
Yamaguchi, S., Greenwald, A. G., Banaji, M. R., Murakami, F., Chen, D., Shiomura, K., ... & Krendl, A. (2007). Apparent universality of positive implicit self-esteem. Psychological Science, 18(6), 498-500.
IATは,潜在的態度の強さを異なるカテゴリの言葉同士の概念的な結びつきの強さで表現するもので,PCの画面中央に呈示される言葉を左右どちらかのカテゴリに分類する課題での反応時間によって測定される。自尊心の例で言えば,高自尊心者は,「自分に関する言葉」か「望ましい言葉」なら左,「他人に関する言葉」か「望ましくない言葉」なら右に分類するという状況で「すばらしい」が呈示されると,自分を望ましいと思う傾向が強い(概念的な結びつきが強い)ので,すんなりと左に分類できる。しかし低自尊心者は,自分を望ましいとはあまり思っていない(概念的な結びつきが弱い)ので,「「すばらしい」は望ましい言葉だけど,自分はそんなに「すばらしい」わけじゃないから…」と分類に若干躊躇し,時間がかかる。こうした反応は「私はすばらしい人間だ」という質問項目にどう答えるかとは違い,本人が意図的にコントロールできない。つまり「本音」が出るだろうというわけだ。文章だけではどんな課題なのかよくわからない,という方はデモが体験できるWebサイト(https://implicit.harvard.edu/implicit/japan/)などをご参照いただきたい。
本研究では,次に述べる「文化的自己観」の潜在的な指標を測定することが主眼である。
文化的自己観と協力-競争目標
さて,この論文で扱うのは協力-競争目標である。人によって,他者と協力的な目標で作業を行うことを好むか,あるいは他者と競争的な目標で作業を行うかを好むかには違いがある。また,先行研究によれば,国や文化によっても同じ場面で相手と協力を志向するか,競争を志向するかが違っているという。このような国や文化による協力-競争目標の好みの違いは何によって生じうるのだろうか。
そこで本研究が注目しているのは,文化的自己観である。文化的自己観とは,文化によって「自己」についての考え方が異なるという理論に基づいて考えられた概念で,主に東アジア文化と西欧文化が比較される。その理論によると,日本を含む東アジア文化では自己が他者と重なりあって認識されており,そのような自己観を相互協調的自己観と呼ぶ。逆に西欧文化では自己と他者が独立した存在として認識されており,相互独立的自己観と呼ぶ。相互協調的自己観を持つ文化では人間関係の調和や集団内での責任や義務が重んじられ,相互独立的自己観を持つ文化では個人の目標を達成することが,集団における責任などよりも重視される。
これらをふまえ,本研究の目的は,「協力-競争目標の好みは,文化的自己観によって規定されるのか」を検討することにある。すなわち,相互協調的自己観が強い人は協力を志向し,相互独立的自己観の強い人は競争を志向する,というものである。それに加え本研究では,文化的自己観の測定において顕在的な指標と潜在的な指標の両方を用いて研究を行った。それは,より日常的な協力・競争場面については,文章によって判断する顕在的な指標よりも,連合によって測定される潜在的な指標のほうが,協力-競争目標への好みと関連が強いだろうと予測されたからだ。
実験の結果
実験では,日常的な場面を設定するため友人同士のペアを実験室に呼び,協力を目標とする課題と競争を目標とする課題をそれぞれ行ってもらった。そのあと,IATによって潜在的文化的自己観の測定を行い,最後に,協力・競争それぞれの課題について「もう一度この課題をやりたい」かどうかを尋ねた。実験の詳しい手続きなどは,論文を見ていただくとして,簡単に結論だけをまとめておこう。
基本的には予測を支持する結果が得られた。つまり,潜在的な相互協調的自己観が高い人ほど協力的な課題について「もう一度この課題をやりたい」と思う程度が高くなり,競争的な課題についてはそのような効果は見られなかった。また,顕在的に測定された文化的自己観については,協力-競争目標への好みに対しては,影響を及ぼしていなかった。
ただ,論文でも考察しているように,課題の種類と潜在的な相互協調的自己観の交互作用効果については有意傾向(5%ではなく10%未満の基準)にとどまっていたことには留意する必要があるかもしれない。つまり,協力目標への好みに対する効果と,競争目標への好みに対する効果には明確な違いがあるとはいえない可能性がある。著者らが指摘しているように,今後の追試による検討が待たれるところである。
明瞭な結果であったとは言えないものの,本研究が注目した「潜在的文化的自己観」によるさまざまな文化差の説明は,今後の研究をさらに広げる可能性があるだろう。これからも研究知見を重ねることで,顕在的・潜在的指標がそれぞれ文化的自己観のどのような特徴をとらえているのかがより明らかになることが望まれる。
小宮あすか氏へのメール・インタビュー