辛いことがあったときの感情制御の方法
辛い出来事があったとき、人はいろんなことを考える。
自分が悪かったのか?あの人が悪いんじゃないか?次も悪いことが起きるかも。いや、案外この出来事は自分を成長させてくれるのかな?などなど。
こういった辛い出来事があったときに、頭の中で出来事をうまく解釈することによって、感情がうまくコントロールできたり、ストレスを感じないようにしたりすることができる。このような現象を認知的感情制御と呼ぶ。
先行研究からわかっていることは、認知的感情制御にもいろいろあって、常にいい方向に感情がコントロールできるとはかぎらず、場合によってはネガティブな感情を引き起こしてしまうこともあるということだ。たとえば辛い出来事を自分の責任だと感じてしまう自責や、他人のせいにしてしまう他者非難、極端に悪いことを考えてしまう破局的思考などは精神的健康の悪さと関連することがわかっている。逆に、肯定的再評価と呼ばれる「個人の成長という観点から出来事にポジティブな意味を置く」思考は、精神的健康の高さと関連している。
本研究は、この認知的感情制御が精神的健康にどのような影響を与えるかを、以下に述べる「状況の主観的なとらえ方」も考慮に入れて精緻に検討した論文である。
状況によって影響の仕方が違う?
認知的感情制御には9つのタイプがあるが、それらをまとめると精神的健康と正の関連があるものと、負の関連があるものがある。しかし、先行研究によれば、それがどのような「辛い出来事」であったかによって、認知的感情制御と精神的健康の関連の仕方が違うようだ。具体的には、一般的には精神的健康とポジティブな関係があるとされる肯定的再評価も、出来事の種類によっては(ストーカー被害など)正の関連がみられなくなるものもある。
そこで著者は、辛い出来事を人々が主観的にどのようにとらえているか、すなわち状況への認知的評価によって認知的感情制御の効果が異なるのではないか?と考えた。本研究における認知的評価とは、その出来事に自ら関与しようとしているか(コミットメント)、自分に対して影響力が大きいか(影響性の評価)、脅威があるか(脅威性の評価)、コントロールできるか(コントロール可能性)の4つを指している。
この認知的評価を導入することで、状況による認知的感情制御と精神的健康の関連性の違いをうまく説明できるだろう、というのが著者の狙いである。たとえば、先行研究で得られた「ストーカー被害の場合は肯定的再評価と精神的健康に関連がない」という結果については、辛い出来事が対処可能だと思える場合、逆にそれを「自分の成長につながる」という肯定的な再評価がしにくくなるだろう、といった解釈が可能になる。このように、状況による効果の違いを、個人がそれをどのように認知的に評価していたかによって解釈することができれば、より理論の精緻化につながるはずである。
調査結果・・・意外な結果も
幅広い年齢の人を対象に、1週間の間隔をあけて2回調査を実施した。これは、認知的感情制御が精神的健康の変化に影響しているかを確認するためである。まず、認知的感情制御と精神的健康の関連を見てみると、概ね先行研究と同じ結果が得られ、破局的思考や自責といったネガティブな思考は精神的健康と負の関連が、ポジティブな思考は精神的健康と正の関連がみられた。
続いて、認知的評価による調整効果を検討したところ、いくつかの変数で認知的感情制御と精神的健康の変化を調整していることがわかった。ここでは、著者がインタビューでも注目してほしいと言及している結果に絞って紹介しよう。
図1 認知的評価の調整効果の例
図1が示すように、他者非難の認知的感情制御が不安に与える影響は、出来事の自分に対する影響力の違いによって真逆に結果を示すことが示された。有意傾向ではあるが、出来事が「影響力は小さい」と判断された場合は、他者非難をするほど不安が小さくなるという、適応的な結果が得られている。これは、ちょっとした嫌なことであれば、心の中で人のせいにしておくほうが心の安定が得られるということかもしれない、と考察されている。この「他者非難の思考方略が適応的な結果を導く」という知見は先行研究ではこれまで得られていなかった。その意味で出来事の認知的評価に注目した本研究に意義は大きいだろう。
これまでの認知的感情制御の研究知見では、結果に整合性がみられなかったことから、ただ単に「時と場合による」という解釈しかできないという問題があった。それに対して本研究では、上の結果のように、出来事をどのようにとらえているかによって、認知的感情制御が精神的健康に与える効果は変わってくることがわかった。著者が最後に指摘しているように、部分的ではあるが認知的感情制御と精神的健康の関連の状況による違いを整理できたことには、本研究の重要な貢献である。
また、先行研究と一致する頑健な結果を確認しながらも、さらにその解釈を整理し、精緻化する知見を積み重ねていくスタイルは、一見地味に見えるが、科学理論の発展において欠かせない作業の一つである。その意味でも、本論文はひとつの模範的な研究の形を見せてくれているといえるだろう。
著者・榊原良太氏へのメールインタビュー