誰がルールを守るのか~どこで、何を期待して?~



岩谷舟真・村本由紀子(2017).
規範遵守行動を導く2つの評判: 居住地の流動性と個人の関係構築力に応じた評判の効果
社会心理学研究 第33巻第1号

Written by 尾崎由佳広報委員会
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社会のルールを守る人・守らない人

 「こうするべき」と誰もが知っているはずなのに、必ずしも全員が「する」とは限らない。社会規範とはそういうものだ。路上にゴミを捨ててはいけないことは皆わかっているのに、ポイ捨てをする人は後を絶たない。授業は静かに聴くべしというルールは小学生のころから叩き込まれているはずなのに、教室のどこかでおしゃべりに熱中しはじめる大学生がいる。歩きスマホは身の危険を招くことはすでに常識だが、車通りの多い街頭や駅のプラットフォームで手元のスマホにしか注意を向けていない人を見かけることはしょっちゅうだ。
 では、規範を守らない人とは、いったいどこ(where)の誰(who)なのだ?そしてなぜ(why)?


人は評判で動く

 このうち「なぜ(why)」の問いに対するひとつの答えは、“評判を得る/守るため”というものだ。すなわち、自分のふるまいを目撃している周囲の他者からどのような評判を得られるか(もしくは評判を守ることができるか)という期待にもとづいて、規範を守るという行動が実行される。
 ただし、“評判”とひとことで言っても、そこには様々な思惑がうずまいている。規範を守れば、「あの人、ちゃんとマナーをわきまえていて、良い人ね!」と周囲の人々から思われるだろうという予測――すなわち、あなたの評判が上がることが期待される。その一方で、「あの人、常識的なルールも守れない人なわけ?ちょっとどうなの?」と思われたくない――すなわち評判を下げたくないという防衛的なモチベーションもありうる。


「どこに住んでいるか」が問題

 評判を上げる/下げるという2つの方向性の期待は、規範を守る/守らない傾向にどのような影響を与えているのか。本研究の特徴は、この問題を解くためのカギとして「どこ(where)」に注目した点にある。つまり、どんな地域に住んでいるかに応じて、いずれの期待にもとづいて規範順守が実行されるかが異なっているというのだ。
 ここで“居住地流動性”について紹介しよう。これは「社会における人々の流入と流出の程度の客観的な大きさを表す(論文p.17)」。すなわち、ある地域において、外から転入してくる人々や、そこから転出していく人々がどのくらいの割合でいるのかを表す指標である。この居住地流動性の高さによって、評判を上げるために規範を守るのか、評判を下げないために規範を守るのかという違いが生じるというのが著者らの主張だ。
 なぜそう考えられるのか。居住地流動性の高い地域、つまり住民の入れ替わりの多いところでは、人間関係が流動的である。すなわち新たな人々と出会う機会が多い。そのような状況で得をする――つまり、魅力的な人々と仲良くなる――には、自分の評判を高めておくことが重要だ。たくさんの出会い(と別れ)がある中で、もしあなたがひときわモテる人物になりたければ、まずは「あの人ステキ」というご近所の評判を勝ち取っておくべし、というわけだ。
 ところが、居住地流動性の低い地域、つまり住民の多くが長年にわたって同じところに住み続けている場合には、話が違ってくる。新たな出会いはほとんど無い。むしろ、ご近所づきあいをいかにつつがなく持続していくかが重要になってくる。そのような状況における、かしこい振舞い方とは・・・できるかぎり波風を立てないことだ。長い付き合いのご近所ネットワークから爪はじきにされないためには、悪い評判が立つことを極力避けねばならない。「あの人とつきあうもんじゃないよ」などという噂が立ったら最後、あなたは文字通り”村八分”にされ、まわりから孤立しかねないからだ。
 したがって、人々が「規範を守る」という同じ行動を取るときでも、それが「評判が上がるだろうから」という期待に根ざしているのが流動性の高い地域、一方で「評判を下げないように」という配慮に根ざしているのが流動性の低い地域という違いがみられるだろう。


「誰が」の問題にも目を向けよう

 ただし、どこに住んでいるか(where)だけの問題とは限らない。もう一歩ふみこんで、誰が?(who?)という観点から考えてみよう。同じ地域内であっても、当然ながらさまざまな考え方の人がいる。その地域特有のメンタリティ(ものの考え方)にどっぷりつかっている人もいるだろうが、そういったものにあまり頓着しない人もいるはずだ。たとえば、居住地流動性の高い地域に住んでいたとしても、そこの住民がみなそろって「規範を守れば評判が上がる」と思っているわけではない。ではいったい、誰が規範を守るのか―― 地域内で共有されている考え方、すなわち、規範を守れば評判が上がる(もしくは下がる)期待を持っている人だ。
 さらに、個人の能力の違いも関係してくるだろう。具体的には、関係構築力、すなわち新たな出会いから人間関係を築くスキルにどれだけ長けているかも考慮にいれるべきだ。関係流動性の高い地域では、評判上昇を期待しているほど規範順守が見られやすいと予測されるが、この予測は関係構築力の高い人に(つまり評判上昇によって関係構築の恩恵を得やすい人ほど)特にあてはまるだろうと考えられる。


日本各地の居住者を対象にした調査による検証

 そこで著者らは、居住地流動性の高い地域(東京都・北海道・福岡県)と低い地域の住民(秋田県・山形県・富山県など)を対象にした社会調査を行い、上記のような地域間の違いが実際にあるのかどうかを検証した。この調査でとりあげた「規範を守る行動」とは、地域活動である。たとえば地域美化や火の用心の呼びかけなどだ。これらは地域住民が自主的に行う活動だが、可能なかぎり全住民が協力すべきものと認識されていることから、”規範”のひとつとして捉えることができる。調査回答者には、こういった地域活動にどのくらい頻繁に参加しているか、また参加することで評判が上がる(もしくは下がる)と思うかどうか等について尋ねた。
 すると、著者らの立てた仮説どおり、「地域活動に参加すれば評判が上がる」と期待しており、さらに関係構築力が高い人ほど、実際の参加頻度が高いという関連が、居住地流動性の高い地域のみで見られた。ただし、「地域活動に参加しないと評判が下がる」という期待が参加頻度を高める効果については、居住地流動性の高い地域・低い地域に共通して示され、著者らの予想に合わない結果となった。この点についての再検証も含めて、今後の研究進展に期待したい。


第一著者・岩谷舟真氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
社会環境(流動性)のみならず、個人特性によってとるべき戦略が変わりうるというアイデア(仮説1-2)です。個人特性の測定方法にはまだまだ課題が残されていると思うので、今後も検討を進めていきます。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
過去の自分の研究(第32巻第2号)との違いはどこにあるのだろうと悩みました。論文構想を練る中でその答え(上記1への回答)が自分なりに見つかったことで、今後検討すべき課題がクリアになったように思えます。

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『社会心理学研究』は,日本社会心理学会が刊行する学術雑誌です。
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■文責 日本社会心理学会・広報委員会