「あの人は私ではない他の人を選ぶかも」という不安



宮﨑弦太・矢田尚也・池上知子・佐伯大輔(2017).
上方比較経験と関係流動性が親密な二者関係における交換不安に及ぼす影響
社会心理学研究 第33巻第2号

Written by 小越 凌
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「自分が別の人に取って換えられてしまうのではないか」という不安

 友達や恋人にとって、自分がどれだけの価値があるのかを考えたことはあるだろうか。そして、相手が自分とは別の人を選ぶことで、自分は捨てられてしまうのではないか、と不安に感じたことは? 想像してみてほしい。友達と一緒に出かけた先で、相手が携帯で写真を撮っては楽しそうにSNSに投稿しているのを横目に見ている時。あるいは、恋人が異性ばかり参加する飲み会に行った時。もしかしたら私はその人にふさわしい相手じゃないのかもしれない。機会があれば相手は自分よりも他の人を選択してしまうのかもしれない。そのような、「相手にとって自分はふさわしくないのではないか」「自分よりふさわしい誰かと交換されるのではないか」と心配する気持ちは、『交換不安(exchange anxiety)』と呼ばれる。
 交換不安を感じることは決して気持ちのいいものではないし、誰もがそんな不安とは関わらなくて済む日常を望むだろう。「こんな居心地の悪い思いをするなんて、なぜ人は交換不安を感じてしまうのだろう」とさえ思うかもしれない。しかしながら、その素朴な「なぜ」を突き詰めた先には、交換不安の意外にも重要な側面が見えてくる。


「交換不安」を感じるのはどんな場面か?

 どういう時に人は交換不安を強く抱くのだろう。自分に自信がない時? 相手との関係の価値が、互いにつり合っていない時? 交換不安は二人の人間関係の問題だから、二人のどちらかに原因があるのではないか、と多くの人は考えるかもしれない。しかしながら、人間関係というのは二人だけで完結しているものではない。自分と相手の他にも、たとえば「相手と親しい他の誰か」という第三者の存在もあり得る。本研究が重点的に検討するのは、個人による違いや親密さといった二者関係よりもさらに広い、「社会」の要因である。一つは、自分より優秀な他の人と自分を比較する経験。もう一つは、人間関係を選ぶことのできる自由度を示す関係流動性。この二つの要因を検討することで見えてくるのは、二人の人間関係の中で生じているはずの交換不安が、じつはその人間関係を超えた社会的な構造に影響を受けている、ということだ。


交換不安と社会環境

 交換不安と社会構造が関連している、とはどういうことか。著者らは論文の中で、自分が他の人に取って換えられてしまうリスクに対する敏感さが、社会環境によって異なる可能性について議論している。つまり、その社会において交換されてしまうことの重大さによって、交換不安の感じやすさが違うと考えた。例えば、親しい相手に他の人を選ばれてしまうこと、自分から離れていってしまうことがより切実な問題となる社会があるとしよう。その中で生きる人々にとって、「自分が他の人に交換されてしまうのではないか」と敏感に感じることは重要な意味を持つ。なぜなら、交換不安を感じることで自分が交換されてしまう可能性に気づき、事前に対処することができるからだ。その意味で、交換不安は社会環境と関連している。
 ここで、あなたはこう思ったかもしれない。親しい相手との関係を他の人に取って換わられることは、どんな社会でも多かれ少なかれ切実な問題なはずだし、交換不安を感じない人なんているのだろうか、と。もっともな疑問である。そして、実はその問いこそが、本研究の核心的な仮説と、それに応える結果を導き出してくれる。


交換されるリスクの高い社会と、交換される不安の高い社会

 どんな社会においても、他の人に交換されてしまうことは避けたい切実な問題である。しかしここで重要なのは、それが「多かれ少なかれ」切実であり、そこに程度の違いがある、ということだ。すなわち、社会によって交換されることの重大さは多少なりとも異なる。
 ここで鍵概念となるのが、社会における人間関係の選択の自由度を示す「関係流動性」である。例えば都会のように関係流動性の高い社会は、対人関係の選択肢が多く、新しい人と出会うことも好きな人とだけ選んで会うこともできる。一方で田舎のように関係流動性の低い社会は、選択の自由度が低く、決まった人と長く変わらず付き合っていくことになる。このように、同じ国の中でも関係流動性は大なり小なり異なる。この関係流動性の違いが、交換不安の感じやすさと関連する、というのが著者の見立てである。
 それでは、交換されてしまうことがより重大な意味を持つのは、関係流動性の高い環境と低い環境、どちらだろうか。これには二つの解釈がある。一つの解釈は、関係流動性の高い社会は相手から選択されない可能性も高いから、交換されることにより敏感となる、というものだ。それは一見筋が通っているように思える一方で、こうも考えることができる。確かに交換されるリスクは高いかもしれないが、相手に選ばれなかったとしてもその人には別の新しい人と出会う機会もある、と。そして二つ目の解釈は、関係流動性の低い社会の方が交換されることがより重大で、なぜならひとたび関係を失ったら、他の関係を築くのが困難だから、というものだ。言い換えれば、交換されるリスクが普段は低いからこそ、交換される可能性を示すシグナルに対して敏感でなくてはならない、というものである。
 以上をまとめると、交換されるリスクは、自分と相手という二者関係の外部にも存在している。そして人々の交換されることへの敏感さは、その社会の関係流動性によって異なるのではないか。著者らはこの関連性を検討するため、大学生を対象とした調査(研究1)に加え、都市的地域と村落的地域に住む人々にも調査を行った(研究2)。結果を簡潔にまとめよう。研究1では、関係流動性の低い場合において、「自分よりも優秀な人が存在する」ということを意識させられた人は、恋人に対して交換不安を高く感じていた。一方研究2では、興味深いことに、関係流動性の高低を問わず自分より優れた人と比較することは、交換不安を高めていた————ただし、関係流動性が低い中で、例外的なパターンが見られた。その詳細は紙面の都合で詳しくは書けないため、本文を読んで見つけてほしい。それによって、交換不安というネガティブな感情が、私たちが人間関係を失わないための大事な機能を持っているのだと、前向きにとらえることができるようになるだろう。


第一著者・宮﨑弦太氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
恋人や友人といった自分の関係相手が自分以外の誰かに関心を持って、自分はその誰かと交換されてしまうかもしれないという気持ち(交換不安)が、自分にとってなくてはならない人間関係を維持するうえで役に立っている可能性を検討したところです。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
自分と他者を比べることが親密関係の中で感じられる交換不安の強さに及ぼす影響は、社会環境によって異なると考えられたことから、参加者が生活する環境は新しく人間関係を作ることがどのくらい簡単かを測定し、その影響を調べた点です。また、知見の一般性を示すために、大学生を対象とした質問紙実験と、都市的地域と村落的地域の居住者を対象としたweb調査という2つの異なるアプローチを用いた点です。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
論文の中の2つの研究の結果に対して一貫した解釈をするのに苦労しました。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
親密な人間関係の中で経験する感情が関係の維持とどのように結びついているかに関心があり、その働きについてまだ十分に明らかになっていない交換不安に注目しました。

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『社会心理学研究』は,日本社会心理学会が刊行する学術雑誌です。
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■文責 日本社会心理学会・広報委員会