「お祈りメール」に心を折られないためには



宮川 裕基・谷口 淳一(2018).
セルフコンパッションが就職活動における不採用への対処に及ぼす影響の検討
社会心理学研究 第33巻第3号

Written by 遠藤寛子(宮城学院女子大学)
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「末筆ながら,貴殿の今後益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます」

 …という文章で終わるメールを受け取り,肩を落とした経験のある方は多いのではないだろうか。就活において,企業から送られてくる不採用通知の最後には,決まってこのような一節が記されている。こうしたことから最近では,不採用通知のことを「お祈りメール」と呼ぶ向きもある。

 職業選択や就活とは,学生たちが社会人として自立していくための重要な課題であるとされる。しかし,自分の関心にあった企業を選び,内定の獲得というハードルを自ら設定し,行動を実践していく…このプロセスは非常に苦しいものである。また,プロセスの中で注いできた努力が,必ずしも内定を約束してくれるわけではないことも苦しさに拍車をかける。志望先から届いたメールを期待とともに開いては,それがお祈りメールであることに直面するのは,なんとも言えずやるせない。

 その中にあっては,不採用となるたび落ち込むばかりではなく,むしろ苦しい経験を積極的に活用しながら,次の就活へと結びつけ,活動を続けることが必要であると言われる。ただ,頭でわかっていてもなかなか難しく,どうすればよいのかわからない場合も多い。


自分を思いやること…セルフコンパッションとは

 そこで重要となるのが,この論文で紹介されている「セルフコンパッション」である。コンパッションとはいわば「思いやり」であり,セルフコンパッションとは「自己の苦痛を緩和するために,思いやりの気持ちをもって自己に向き合うことのできる特性」とされる。一般的に「思いやり」といえば,他人に向けられるものというイメージが強いが,自分自身に対しても向けていくことができる人ほど,心の健康度や幸福感などが高いことが様々な研究から示されてきている。この詳細が気になる方は,是非とも本論文をご覧いただきたい。

 論文の著者はこの概念に着目し,不採用を経験した時にもセルフコンパッションができている人ほど,不採用となった現在の自分や今後の自分の在り方を否定的に考えすぎることなく,むしろ出来事からの学びや自己の弱みの改善を目指し,次の就活に向けた再スタートを切れるのではないか,という仮説を立てた。そして,次のような調査を行ったのである。


調査結果―次のステップへの切符は,「自分にとって意味のあるもの」かどうか

 第一調査では大学2・3年生,第二調査では就活を経験した大学4年生を対象に調査を行った。調査を通して,「セルフコンパッションができているか」を確認しながら,「就活の中で不採用になった場面をイメージしてもらう」もしくは「実際に不採用になった経験を思い出してもらう」とともに,その出来事をどのくらいネガティブに評価する(した)か,そして,また再スタートを切れそうか(切れたか)について尋ねている。

 調査の結果は非常に興味深いものであった。まず,普段から,セルフコンパッションができている人ほど,就活の中での不採用経験に対して,「この出来事は,苦痛である」「自分を脅かすものである」などと考えすぎずにいられることが明らかとなった。この結果は,不採用となった経験をイメージした場合にも,実際に経験した場合にも一貫して示されており,安定した結果と言えよう。。

 さらに興味深いのは,「不採用経験から立ち直り,再び次の活動に向けて努力を再開できたか(できそうか)」という点に関する結果である。この時には,セルフコンパッションが高いだけではなく,「就活そのものが,自分にとって意味のあること」と考えられるかどうかが,重要なポイントとなることが示された。つまり,就活というものが,自分にとって努力をする価値のある対象であり,努力を注ぐという「投資」が適切なものであると捉えている人においてのみ,セルフコンパッションはその効果を発揮し,就活の再開を促進していたのである。

 このようにセルフコンパッションとは,自分に起きた苦しみを軽減するように作用するのみならず,「苦しい出来事があっても,自分にとって価値のあるものに向けて,自分の努力や投資を再開させる」というようにも作用する。自分自身にとって大切なことに関して,失敗しても諦めずに次のステップに歩を進めるためには,まずはその担い手である自分自身を大切にすることが原動力となるというわけだ。

 近頃は就活生に有利な「売り手市場」になりつつあると言われているものの,この春から新たに就活をスタートさせた人々にとって,依然として長く苦しいものであろう。思い通りに活動が実を結ばず,ついつい自分を責めすぎてしまう夜も時にはあるかもしれない。しかしそんな時こそ,この論文が訴えているように,まずはその苦しみを偏りなくあるがままに捉え,これまでの自分に優しさと思いやりをもって接してみることが重要ではないか。自分のこれからの活躍を本当の意味で祈ることができるのは,他ならぬ自分自身なのだから。


第一著者・宮川 裕基氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して,もっとも注目してほしいポイントはどちらでしょうか?
 「今はつらい時なんだ。至らない点は誰もが感じる人間らしさだし、大丈夫だよ」などと思いやりを持って優しく自分に向き合うことができる人ほど、就職活動の不採用に適切に対処している点です。この結果は、就職活動生が不採用に対処していくプロセスを理解し、不採用により心理的負担がかかった就職活動生を支える上で、有益な示唆を与えるものだと考えています。

2)研究遂行にあたって,工夫された点はどのような点でしょうか?
 不採用経験は自己像に脅威となることが先行研究でも指摘されていました。調査対象者に過度な心理的負担をかけずに不採用経験を捉えるにはどうしたらよいのか、また、もし調査中に精神的につらくなった人がいた場合にどのように対応するかということに細心の注意を払いました。

3)研究遂行にあたって,苦労なさった点はどのような点でしょうか?
 私(第一著者)は一般企業への就職活動の経験がないため、研究1において、どのような場面を不採用場面として取り上げるかという点に苦労しました。この点は第二著者のゼミ生で、2015年度に就職活動をされていた学部4年生の方々に多くの助言を頂きました。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけはどのようなものでしょうか?
 近年、メディアで取り上げられるように、大学生の内定率は向上傾向にあり、多くの就職活動生が就職活動をうまく行えているような印象を受けます。ただし、順風満帆な就職活動は少なく、多くの就職活動生が不採用という荒波を超えていく必要があります。本研究では、どうすればその荒波にうまく対処できるのかという疑問に、自分に思いやりを持つことが1つの答えになるのではないかと思い、研究を始めました。

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