偏見を減らすためには,まず偏見を識る手段が必要
レズビアンとは,女性のことを恋愛・性愛の対象とする女性を指す言葉である。
ゲイ男性とは,男性のことを恋愛・性愛の対象とする男性を指す言葉である。
そして,異性愛者とは,女性のことを恋愛・性愛の対象とする男性と,男性のことを恋愛・性愛の対象とする女性を指す言葉である。
日本に住む多くの人は,異性愛者であるとされる。異性愛こそが人間として自然な,あるべき形である,と考える人も少なくないであろう。レズビアンやゲイ男性のような同性愛者を,精神的なゆがみや病気,あるいはこじらせた性癖であると考える人もいるかもしれない。
しかし,同性愛はそれらのようなものではない。このことは,1980年代に米国精神医学会が発行するDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)の精神疾患のリストから削除されて以来,心理学界では世界的に認められている。そしてその頃から,アメリカやヨーロッパを中心として,同性愛者に対する差別や偏見を解消するための社会心理学研究が始まった。
その際にHerek(1988)によって作成され,今なお世界中で広く扱われているのが,レズビアン・ゲイ男性に対する態度(ここでは,非難的であるか寛容的であるか)の尺度であるATLG Scale(Attitudes Toward Lesbians and Gay Men Scale)である。このような態度の指標は,どんな人がレズビアンやゲイ男性に対して偏見を持っているのか,なぜ異性愛者はレズビアンやゲイ男性に対して偏見を持つのか,そしてその偏見を解消する,あるいは減らすためにはどのような方法が有効なのか,といったことを,科学的に数字で示すために必要なものである。多くの研究者が,このATLG Scaleを用いて,レズビアンやゲイ男性に対する態度の個人差や実験的な介入による変化を研究で扱ってきた。
日本において,レズビアン・ゲイ男性に対する異性愛者の偏見を扱った研究は少ない。そこでこの研究では,ATLG Scaleを日本語訳することによって,ATLG Scale日本語版(ATLG-J)を作成した。そして,その尺度がきちんとレズビアン・ゲイ男性に対する態度を測定できているかの検討(信頼性と妥当性の検討)を行った。ATLG-Jが日本でも使えるようになったことで,日本におけるレズビアン・ゲイ男性に対する偏見についても,海外での研究と同様に心理学の分野で扱うことができるようになった。これからは日本においても,レズビアン・ゲイ男性に対する異性愛者の偏見を扱う研究が盛んに行われていくことが期待される。
高い信頼性・妥当性を持つ心理尺度であることの実証
この研究では,ATLG-Jによって測定されたレズビアン・ゲイ男性に対する日本人の異性愛者の態度に,以下のような特徴が見られた。これらの特徴は,これまでの研究で調べられてきた海外の異性愛者の態度の特徴と同様であった。
ATLG-Jの得点が,レズビアン・ゲイ男性に対する態度との関連が予測されるセクシズムや伝統的家族観などの概念と関連していることは,ATLG-Jがレズビアン・ゲイ男性に対する態度を確かに測定できるとする一つの証拠である。これが示されることを,尺度の収束的妥当性が認められる,と言う。精度が高い心理尺度は,ただ項目を集めたり訳したりするだけで作成できるものではない。その尺度が安定・一貫して特定の概念を測定できていること(信頼性),きちんと測定したい概念を測定できていること(妥当性)の証拠を集めて示すことこそ重要である。ATLG-Jについて,この論文では上述した収束的妥当性の他にも,因子的妥当性,内的一貫性,再検査信頼性,社会的望ましさ反応との関連などの検証を行い,高い信頼性と妥当性が認められた。詳しくは論文を参照されたい。
【文献】
Herek, G. M. (1988). Heterosexuals' attitudes toward lesbians and gay men: Correlates and gender differences. The Journal of Sex Research, 25, 451-477.
第一著者・堀川佑惟氏へのセルフ・インタビュー