心理尺度でレズビアン・ゲイ男性に対する態度を測る



堀川 佑惟, 岡 隆(2018)
Attitudes Toward Lesbians and Gay Men Scale日本語20項目版(ATLG-J20)の作成と妥当性の検討
社会心理学研究 第34巻第2号

Written by 堀川佑惟(日本大学)
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偏見を減らすためには,まず偏見を識る手段が必要

 レズビアンとは,女性のことを恋愛・性愛の対象とする女性を指す言葉である。
 ゲイ男性とは,男性のことを恋愛・性愛の対象とする男性を指す言葉である。
 そして,異性愛者とは,女性のことを恋愛・性愛の対象とする男性と,男性のことを恋愛・性愛の対象とする女性を指す言葉である。


 日本に住む多くの人は,異性愛者であるとされる。異性愛こそが人間として自然な,あるべき形である,と考える人も少なくないであろう。レズビアンやゲイ男性のような同性愛者を,精神的なゆがみや病気,あるいはこじらせた性癖であると考える人もいるかもしれない。


 しかし,同性愛はそれらのようなものではない。このことは,1980年代に米国精神医学会が発行するDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)の精神疾患のリストから削除されて以来,心理学界では世界的に認められている。そしてその頃から,アメリカやヨーロッパを中心として,同性愛者に対する差別や偏見を解消するための社会心理学研究が始まった。
 その際にHerek(1988)によって作成され,今なお世界中で広く扱われているのが,レズビアン・ゲイ男性に対する態度(ここでは,非難的であるか寛容的であるか)の尺度であるATLG Scale(Attitudes Toward Lesbians and Gay Men Scale)である。このような態度の指標は,どんな人がレズビアンやゲイ男性に対して偏見を持っているのか,なぜ異性愛者はレズビアンやゲイ男性に対して偏見を持つのか,そしてその偏見を解消する,あるいは減らすためにはどのような方法が有効なのか,といったことを,科学的に数字で示すために必要なものである。多くの研究者が,このATLG Scaleを用いて,レズビアンやゲイ男性に対する態度の個人差や実験的な介入による変化を研究で扱ってきた。


 日本において,レズビアン・ゲイ男性に対する異性愛者の偏見を扱った研究は少ない。そこでこの研究では,ATLG Scaleを日本語訳することによって,ATLG Scale日本語版(ATLG-J)を作成した。そして,その尺度がきちんとレズビアン・ゲイ男性に対する態度を測定できているかの検討(信頼性と妥当性の検討)を行った。ATLG-Jが日本でも使えるようになったことで,日本におけるレズビアン・ゲイ男性に対する偏見についても,海外での研究と同様に心理学の分野で扱うことができるようになった。これからは日本においても,レズビアン・ゲイ男性に対する異性愛者の偏見を扱う研究が盛んに行われていくことが期待される。


高い信頼性・妥当性を持つ心理尺度であることの実証

 この研究では,ATLG-Jによって測定されたレズビアン・ゲイ男性に対する日本人の異性愛者の態度に,以下のような特徴が見られた。これらの特徴は,これまでの研究で調べられてきた海外の異性愛者の態度の特徴と同様であった。


  • ゲイ男性に対する男性異性愛者の態度は,レズビアンに対する男性異性愛者の態度や,ゲイ男性に対する女性異性愛者の態度よりもネガティブであること。
  • レズビアン・ゲイ男性に対する態度がネガティブな異性愛者には,セクシズム(女性の役割を伝統的な性役割に固定化する性差別意識)や権威主義的伝統主義が強く見られること。
  • レズビアン・ゲイ男性に対する態度がネガティブな異性愛者は,エイズやエイズ患者に対する態度もネガティブであること。
  • レズビアン・ゲイ男性に対する態度がネガティブな異性愛者は,男性は仕事,女性は家事,という伝統的な家族観をより強く持つこと。

 ATLG-Jの得点が,レズビアン・ゲイ男性に対する態度との関連が予測されるセクシズムや伝統的家族観などの概念と関連していることは,ATLG-Jがレズビアン・ゲイ男性に対する態度を確かに測定できるとする一つの証拠である。これが示されることを,尺度の収束的妥当性が認められる,と言う。精度が高い心理尺度は,ただ項目を集めたり訳したりするだけで作成できるものではない。その尺度が安定・一貫して特定の概念を測定できていること(信頼性),きちんと測定したい概念を測定できていること(妥当性)の証拠を集めて示すことこそ重要である。ATLG-Jについて,この論文では上述した収束的妥当性の他にも,因子的妥当性,内的一貫性,再検査信頼性,社会的望ましさ反応との関連などの検証を行い,高い信頼性と妥当性が認められた。詳しくは論文を参照されたい。


【文献】
Herek, G. M. (1988). Heterosexuals' attitudes toward lesbians and gay men: Correlates and gender differences. The Journal of Sex Research, 25, 451-477.


第一著者・堀川佑惟氏へのセルフ・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
 この論文では,考察の最後に「ATLG-Jの利用に際して」という見出しを設けて,利用の際の注意点をまとめております。この研究,この尺度に興味を持った方,使ってみたいと思っていただいた際にはご一読いただきたく思います。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
 オリジナルのATLG-Jは現地での利用を前提とした言葉選びが少なからずなされていたので,それらを日本の文化に合わせた言葉遣いに直すために,逆翻訳を依頼したバイリンガルの研究協力者といろいろ案を練り合わせました。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
 倫理的配慮がとても大変なテーマであると常々思います。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
 大学生の頃,周りにレズビアンやバイセクシュアル,トランスジェンダーといった,いわゆるセクシュアルマイノリティの友人が多かったことが,まずこのテーマに関心を持ったきっかけのひとつだったと思います。
 日本でのセクシュアルマイノリティへの偏見や差別の問題に関する活動の多くは,法整備に焦点を当てているように思います。一方で私は,法が定められることと,差別がなくなることは別の話であると考えました。人種差別撤廃条約が締結されて半世紀経った今日でも,人種差別が世界で根強く残っていることがその証左のひとつであると言えると思います。
 偏見を法によって表面上で押さえつけることよりも,偏見や偏見を持つ方々についてまずは理解することの方が,みんなが生きやすい世の中への近道なのではないか。その近道のために私にできることを考えた結果,大学院に進学してこのテーマで研究をする,という進路を取ることにしました。

5)その他、プレスリリースに掲載を希望する内容がございましたら、ご自由にお書きください。
 科学研究上において研究倫理に基づき正しく利用していただける分には,ATLG-Jの使用許可に関する堀川へのご連絡は不要です。どんどん使ってくださると嬉しいです。 

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