日本社会心理学会1998年度第42回公開シンポジウム
「文化の多様性と心の多様性 —国際化時代の社会心理学—」
会期
1998年6月7日(日)午後2時より午後5時
会場
東京大学法文二号館(本郷地区安田講堂前)三番大教室
趣旨
文化は、心性を育み、同時に、心を介して維持・変革されます。心と文化の間の相互構成的関係が存在するという事実は、文化の多様性と心の多様性の両者は、実は、歴史・社会的プロセスの二つの側面であるという可能性を物語っています。このような文化心理学の視座は、文化と対人関係、文化と教育、文化の伝承といった社会心理学の諸領域における近年の実証的成果を踏まえたものであると同時に、多くの研究課題や社会への提言を示唆しています。そこで今回は、これら最新の研究成果をもとに、社会心理学の国際化時代への貢献を考えたいと思います。
世話人
山口勧、北山忍
話題提供
1. はじめに
「社会・文化心理学」の意義と展望
北山 忍(京都大学)
文化と心とは、相互構成的関係にある一方で、文化の慣習や通念は、ある一定の反応傾向を誘発し招来する。つまり、一種のアフォーダンスを宿している。文化的アフォーダンスとは、一定の解釈、感情、動機などを誘導する文化の慣習や通念の特性のことである。さらに、他方では、文化的アフォーダンスにより導き出された心の性質は、その文化の一部となり、その再生産と変革とに関与していく。本発表では、このような考え方の歴史的背景を概観した後、社会・文化心理学の誕生に直接かかわるいくつかの学問的潮流を解説し、この領域の将来を展望する。
2. 文化的文脈におけるclose relationships
秋山弘子(東京大学)
どのような社会でも、人々は家族、友人、隣人など親しい人たちに囲まれて生活している。そうした親しい人たちとの関係(close relationships)は、その周りを幾重にも取り巻く個人の幅広い社会関係の根幹をなしており、生涯を通じて個人のwell-beingに大きな影響をもっている。今回のシンポジウムでは、日米の比較調査研究に基づいて、親しい人たちとの関係を文化的文脈のなかで検討する。具体的には、(1)「親密な(close)」の意味するもの、(2)親しい人たちとの関係のルール、(3)親しい人たちとの関係とwell-beingの関連を、日米の比較データを紹介しつつ論じる。更に、人口の高齢化という大規模な歴史的変容のさなかにおいて、日米の高齢者がそれぞれの文化的文脈のなかで形成し、維持してきたきた親しい人たちとの関係のもつ利点と制約を、個人の社会的変化への適応と文化の変容という両面から検討する。
3. 心の多様性の産出を教育からみる
箕浦康子(東京大学)
「文化」を <教育>という一つの社会・文化システムに限り、かつ、 <教育という社会・文化システムの多様性> を、私がフィールドワークをしている中等教育普及期の東北タイと初等教育も十分普及していないバングラデシュの二国に限って描出する。日本に関しては、初等教育の普及期と中等教育の拡大期、現在の三時点を取り上げ、近代国家の国民をつくる目的で始まった教育というシステムが、三時点でどのように変わってきたのか、あたらしい教育システムの導入や変更は、人々の行動をどのように変えているのかを検討する。
三つの国の比較、文化的背景を異にする日本の三時点での比較を通して、人々の教育に対する意識や行動、すなわち、こころの多様性がどのようにシステムサイドの多様性と関連しているのかを論じる予定である。
4. 文化の伝承と心の進化
斉藤昭子(Cambridge University)
人間に特徴的である象徴的思考等の所謂高次認知機能の系統進化の問題において、その社会・文化的起源が近年集中的に研究され始めている。「社会的知能仮説」「心の理論」「生態学的アプローチ」等最近の諸概論を紹介、検討する。また、高次認知機能の系統進化における文化伝播の役割についても、最近の関連諸研究の結果から、考察する。
5. 討論
山口 勧 (東京大学)